▲韓国の進歩(革新)系最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表、パク・クァンオン院内代表など出席者らが7月7日午前、ソウル市汝矣島の韓国国会本庁前で開かれた「尹錫悦(ユン・ソンニョル)政府汚染水投棄反対促求決意大会」で、プラカードを持ってスローガンを叫んでいる様子。2023.7.7/写真=ニュース1

 福島「処理水(treated water)」放流を巡る最近の論争は、韓国知性界の底力を示してくれた。その分野の専門家らが公論の場に出てきて科学的知識と冷徹な論理で偽りの主張を撃破し、虚偽の扇動を遮断した。これまでおよそ20年、フェイクニュースと虚偽の扇動にだまされた経験を持つ韓国国民の多数は、おおむね落ち着きを保っている。青少年が間違いを繰り返しつつ成熟していくように、韓国社会も試行錯誤を経て進化している。それでも安心はできない。過去およそ20年にわたってフェイクニュースをばらまき、虚偽の扇動を主導した者たちが、依然として大きな権力を享受しているからだ。

 彼らの主張を振り返ってみると、失笑を禁じ得ない。彼らの言う通りであれば、大韓航空858便テロは安全企画部(省に相当)の自作自演で、韓国政府は米国の狂った牛を輸入して国民の脳にぷすぷすと穴を開けようとし、哨戒艦「天安」は米軍の誤爆で沈み、セウォル号は潜水艦と衝突し、THAAD(高高度防衛ミサイル)の電磁波はマクワウリに染み込んで人体を脅かした。でたらめなうそだが、彼らの扇動は毎回、恐るべき破壊力を発揮する。

 ごくわずかな危険を膨らませて社会的恐怖を助長し、興奮した群衆を動かして政権を揺さぶるという手法だ。巧みな扇動力、機敏な組織力、緻密なプロの企画力だ。21世紀の大韓民国で、ナチス式の宣伝・扇動と共産党式の戦略・戦術をああもうまく駆使する彼らは、果たして何者なのか? マルクスに魂を売り、レーニンの宣伝術を学び、毛沢東のゲリラ戦術に慣れ親しみ、金日成(キム・イルソン)の革命理論で大衆に潜り込んだ、「昨日の勇士たち」なのだろうか。

 今も、その勢力は韓国の政界、学界、官界、言論界、法曹界、文化芸術界、果ては科学技術界でも大活躍している。議会を占領して反自由的法案を作り、公的な媒体を利用してフェイクニュースをばらまき、選挙管理委など憲法機関に入り込んで党派的権力を振るい、法服を着て不公正な判決文を書いている。各界各層で彼らが構築した権力の陣地はあまりにも強固で、学生運動流の「アジプロ(agitprop. 宣伝扇動)」はいつでも津波のように韓国社会を覆い尽くせる。

 自由民主主義は、表現の自由と思想の多様性を根幹とする。政府は表現の自由をできる限り許容した後、思想の場の外へと退く。政府の退いた世論の場は、完全に市民社会の領分だ。全体主義とは異なり、自由主義体制では政府が公権力で反対世論を鎮圧することはできない。怪談や陰謀論が広まったら、その責任は全くもって市民社会にある。市民が乗り出して真実を明らかにできなければ、うそをつく勢力の支配の下に置かれてしまう。まさにその点で、今回勇気をもって公論の場に出て怪談と風説を論破した科学者らこそ、民主共和国の真の英雄たちだ。

 自由主義の創始者、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill、1806-73)は、功利的効用に基づいて表現の自由を擁護した。ある社会が、うそを退けて真実を明らかにしようと思うのであれば、全ての構成員が自らの見解を表明できなければならない、という論理だった。狂人の詭弁(きべん)、妄想家の妄念、陰謀論者の臆説に至るまで、あらゆる考えが自由に表現できてこそ、社会は批判を通してしっかりとした論理を備え、真実に迫ることができる。それでこそ個人が自らの固有性(individuality)を実現することができ、人類の文明は発展し得る。人類の知性と歴史の進歩を信頼した、ビクトリア時代の楽観論だった。

 自由主義とは、そのように「開かれた社会の敵たち」にも自由を保障する、開放的で、寛大で、公平無私な理念だ。その根底には、人類の知性に対する信頼が横たわっている。理性の力で不合理と不条理を退け、知性の光で無知蒙昧(もうまい)を悟ることができる、という信念だ。しかしこの世には、表現の自由を悪用してうそをばらまき、法の庇護を受けつつ法治を破壊する勢力がいる。彼らの怪談と陰謀論を退治しようと思ったら、軍警の物理力ではなく市民の論理力が必要だ。市民が科学と常識を拒否し、社会的責任感と倫理的自律性を喪失した瞬間、自由は失踪し、民主共和国は崩れる。

 このところ、韓国の市民社会は開かれた社会の敵たちによっていつもむなしく振り回されてきた。遅まきながらようやく、科学者たちが公論の場で科学と常識を守っているので、まだ希望はある。この際、過去およそ20年にわたりフェイクニュースやでたらめな陰謀論で憲政秩序を破壊してきた記者、政治家、大学教授、法曹人、市民運動家など扇動勢力の蛮行を残らず記録し、満天下に知らしめねばならない。市民の知性で怪談とうそを退けてこそ、民主共和国は存続できる。

宋在倫(ソン・ジェユン)カナダ・マックマスター大学教授(歴史学)

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