▲7月5日午後、ソウル市銅雀区鷺梁津にある水産市場で店主たちが客を待っている。/聯合ニュース

 数日前、友人が夕食会の場所をソウル市銅雀区鷺梁津にある水産市場にしようと言った。皆快く同意した。水産市場を訪れてみたところ、水槽で魚を売っている店は閑散としていた。刺し身にして家に持ち帰る客足が減ったという。ところが飲食店街に行ってみると、そこには多少異なった風景が広がっていた。ほとんどの飲食店で空席が目立ったが、半数から3分の2程度は埋まっているようだった。「15年前の狂牛病の際の大騒動に比べれば、はるかにまし」という言葉に誰もが同意した。

 2008年に発生した狂牛病事件の際にばらまかれたチラシをある人が送ってくれた。チラシのタイトルは、大きな字で書かれた「皆死にます!」だった。その下に「私たちの両親、兄弟、子どもたちが危険です!」とつづられており、「エイズよりも恐ろしい狂牛病にかかった牛肉、学校および軍隊で最初に強制」と書かれてあった。続いて「米国産牛肉が輸入されれば!!」とあり「脳にスポンジのように穴が空き、手足がまひして苦痛を訴え死ぬことになります」と書かれてあった。「日本人は自国民の保護に関心のない韓国の公務員たちを間抜けと呼んでいる」とし「ラーメンのスープ、生理用ナプキン、おむつ、ゼリー、薬のカプセル、各種化粧品、ソルロンタン(牛骨牛肉のスープ)、お菓子など生活必需品の全てに米国産牛肉の成分が使用されている」と主張した。さらには「大統領がマスコミを全て封鎖措置!」と書いた。

 最初から最後までが、うそかとんでもない誇張だった。しかし、韓国国民の3分の2以上がこの「怖いうわさ」を信じた。当時は李明博(イ・ミョンバク)政権発足後数カ月足らずの時だった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権と完全に一つになっていたテレビ局は、新政権に対する敵対意識を「怖いうわさ」をつくり上げ広げることで表現した。毎日のように狂牛病デモを生中継した。大統領選挙に大敗して政権を失った民主党は、これを格好の材料として利用した。結局、女子中学生たちが「脳に穴が空いて死ぬことになった」と泣きわめくなど、社会全体が発作症状を見せる状況となった。

 当時は一時、米国産牛肉の輸入が激減し、ほぼゼロに近い水準にまで落ち込んだ。自宅近くで米国産牛肉を売る肉屋に行ったところ、「1週間目にして初めてのお客さん」と言われた。全国の焼き肉店ががらんとしていた時期もあった。筆者は当時、「狂牛病にまつわる『怖いうわさ』はうそで誇張された」という内容の記事を3回書いたが、実際に殺害を匂わす脅迫メッセージまで受け取ることになった。朝鮮日報の記者がデモ隊に集団暴行を受け、朝鮮日報の建物に汚物がまき散らされた。狂って走り回るという意味の「狂奔」という単語はこのようなときにこそ使用するのだと思った。現在の福島にまつわる「怖いうわさ」は狂牛病の際の騒動に比べれば軽いハプニングに過ぎない。

 驚くべきことはゼロに近かった米国産牛肉の輸入量が再び1、2位を奪還するまでには長い時間がかからなかったということだ。もはや狂牛病を恐れる人など誰もいない。うそは生命力が弱く、大衆はしばらくだまされることはあったとしても、最後までだまされ続けることはないという真理を再確認させた。

 大騒ぎとなった狂牛病も結局、真実を取り戻した。福島にまつわる「怖いうわさ」も当然その道を進むほかない。2011年の福島原発事故当時、放射性物質が現在の2-3万倍にもなる汚染水がそのまま海に流れ込んだにもかかわらず、12年が過ぎた現在まで韓国の海には何の異変も起きていない。福島での放流が民主党の主張通り「核テロ」ならば、そのテロの最初の犠牲者は他でもない1億2000万人だ。日本人が自爆するほどばかな国民だろうか。狂牛病、海軍哨戒艦「天安」事件、旅客船「セウォル号」沈没事故、THAAD(高高度防衛ミサイル)などにまつわる「怖いうわさ」を経て、韓国国民は学習効果を持つようになった。ハロウィーン大惨事における「怖いうわさ」も成功しなかった。狂牛病、天安艦、セウォル号の際は知識人の中にも「怖いうわさ」に巻き込まれた人が多かったが、福島問題ではそのような人はほとんどいない。これから福島放流を始めた後、韓国近海の放射能数値を周期的に調査して発表すれば、「怖いうわさ」は自然と消滅するだろう。残念なのは、その間に韓国水産業界が大打撃を受けるということだ。日本のことであるにもかかわらず、「怖いうわさ」も私たちがつくり、被害も私たちが受けている。

 空いた口がふさがらない出来事に出くわした。ある席で一人の人が福島からの放流水が韓半島近海にすぐ到着すると熱弁をふるったが、実は福島が韓国の東海側ではなく太平洋側にあるということを知らなかった。韓国メディアは連日福島問題を報道しているが、いざ日本のマスコミではそれほど報道されていない。福島での放流は日本の海(太平洋側)で行われるが、その水産物を毎日食べて暮らす日本人よりも、その海の反対側に位置する韓国人の方がずっと騒いでいる。

 狂牛病でのデモを主導した一人は当時、デモ団体での内部会議の際に「狂牛病ファクトについては一度も議論しなかった」と打ち明けた。「国民が皆死ぬ」というチラシをまき散らしながら、本当なのか一度も議論しなかったというのだ。ひたすら政治的に利用することばかりを考えた結果だという。

 そこで一つ予測してみた。今、民主党は国民が放射線を浴びた水産物を食べて大変なことになるかのように主張しているが、来年4月の総選挙さえ終わってしまえば民主党の誰もがその主張を継続しなくなるだろう。民主党が勝っても負けても選挙さえ終われば、民主党の人々もそんなことあったかしらと言わんばかりに刺し身を食べることだろう。彼らの中で、米国産牛肉だからといって食べないという人は見たことがない。水産業界における忍耐は今後数カ月間、どんなに長くても来年4月の総選挙までというわけだ。ところが、来年4月の総選挙までは9カ月も残されている。これは長過ぎる。意識的にでもいいから、水産物をもっと食べるべきだ。

楊相勲(ヤン・サンフン)主筆

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