▲韓米日首脳会議に出席するため米国を訪問した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は17日(現地時間)、米国のバイデン大統領が宿泊先に送った故・尹起重(ユン・キジュン)延世大学名誉教授を追悼する弔花とメッセージカードを受け取った。/ニュース1

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は18日(現地時間)午前、米ワシントンDCのフォートマクネア陸軍基地から米大統領が使用する海兵隊ヘリに乗り、約100キロ離れた米国大統領の別荘キャンプ・デービッドに移動した。日本の岸田文雄首相もそれから30分後に同じくキャンプ・デービッドで合流した。韓米日首脳会談だけのために3人の首脳が集まるのは今回が歴史上はじめて。そのため米国のバイデン大統領は自らが使用するヘリを特別に提供したのだ。両首脳はヘリから降り、その場で待機していたゴルフカートで会議の会場に移動した。首脳会談と会議は韓米、米日、韓米日、韓日の順に行われた。会議に先立ち尹大統領とバイデン大統領がキャンプ・デービッドで森の中を散策する様子も撮影された。

 今回尹大統領はネクタイを着用せずシャツとジャケットだけのリラックスした服装で、岸田首相もネクタイをせずスポーツジャケットを着用した。通常だと首脳会議に出席する首脳の服装は事前に外交ルートを通じて調整し事前に来められる。今回は米国大統領が特別な関係の韓日両首脳を自らの別荘に招待したという意味合いから、あえてネクタイを着用しなかったという。

 バイデン大統領は17日午後にキャンプ・デービッドに移動し、事前に1泊してスタッフらと韓米日首脳会議の準備を行った。バイデン大統領が外国の首脳をキャンプ・デービッドに招くのは今回がはじめて。ホワイトハウスは「それだけ韓国・日本との関係を重視していることを示すものだ」とコメントした。バイデン政権発足後に行われた首脳会議はホワイトハウスで行われてきたからだ。ホワイトハウスのある幹部はロイター通信の取材に「キャンプ・デービッドは新たな関係が構築された際、あるいは困難なプロセスを経て得られた友情を示す場所として使われてきた」と説明した。CNNは「静かで深い森の中の別荘で3カ国の首脳が集まった。これはバイデン大統領の重点公約でもある『同盟関係の復元』を強調すると同時に、『和解、友情、そして新たなスタート』というイメージとそのシンボル的な意味合いを世界に発信するものだ」と報じた。

 3人の首脳が最初に顔を合わせた場所はキャンプ・デービッドのメイン会場とされる森の中のローレル・ロッジで、昼食会場は丘の上にあるファミリーライクな雰囲気のアスペン・ロッジだった。「ローレル」は月桂樹、「アスペン」はポプラの木のこと。2つの建物はいずれもひっそりした雰囲気の深い森の中にある。ローレル・ロッジには宴会場、3つの会議場、米国大統領の執務室がある。ニクソン大統領時代の1972年、それまであった小さな小屋の横に作られたが、この小屋は今も大統領執務室として使われている。ローレル・ロッジからおよそ400メートル離れたアスペン・ロッジは大統領の宿泊施設で、厨房、リビング、寝室、浴室、暖炉などが設置されている。大きな窓から森の全景を見ることができ、周辺には池もある。

 今回の首脳会議はリラックスした雰囲気の非公開討論を意味する「リトリート」と呼ばれる形式で行われ、同席するスタッフも通訳など最低限に抑えられた。そのため会場は穏やかでリラックスした雰囲気だった。リトリートは各国首脳らに気軽に話してもらうため国際会議などでも採用されているやり方だ。3カ国首脳会議の結果を発表する記者会見場も森を背景とする屋外に準備された。

 バイデン大統領は17日、ワシントンの尹大統領の宿泊先に父の死を悼む弔花を送った。弔花にはバイデン大統領夫妻のファーストネームであるジル、ジョーと署名してあった。バイデン大統領は弔電で「父君のご逝去を哀悼し、故人の安らかなご冥福をお祈りします」とのメッセージを送った。バイデン大統領と尹大統領は会議に先立ち電話で話したが、その際バイデン大統領は「尹大統領の父君ご逝去の報に接し、心よりお悔やみ申しあげます。大統領とご遺族の皆様に深い哀悼の意をお伝えします」と言葉を掛けたという。韓国大統領室が伝えた。これに対して尹大統領は「(バイデン)大統領と令夫人のおかげもあり、父を安らかに送り出しました。ありがとうございます」と応じた。尹大統領はさらに「(先日から大きな被害が出ている)ハワイ・マウイ島の山火事についてはソウルでとても心配していました。しっかりと克服できるよう韓国は何でも行う準備ができています」と言葉をかけた。これに対してバイデン大統領は「寛大なお心遣いに感謝します。尹大統領は不屈の勇気を持った方で、私の素晴らしい友人です」と述べた。

ワシントン=イ・ミンソク特派員

ホーム TOP