▲2003年10月10日、京畿道華城市のサムスン電子メモリー研究棟展示館で黄昌圭(ファン・チャンギュ)社長から次世代メモリーに関する説明を聞く李健熙(イ・ゴンヒ)会長/サムスン電子

 2001年8月、東京・ホテルオークラ近くのしゃぶしゃぶ店「ざくろ」。サムスン電子のメモリー事業部長に選任されたばかりの黄昌圭(ファン・チャンギュ)元社長は、李健熙(イ・ゴンヒ)会長や尹鍾竜(ユン・ジョンヨン)副会長らサムスン首脳部と向かい合って座った。半導体王国日本の代表企業である東芝がサムスンにNAND型フラッシュメモリーの合弁会社設立を提案した時だった。NAND型フラッシュメモリーは電源が切れてもデータを保存できる半導体で、スマートフォン、ノートパソコンなどあらゆるIT機器の保存装置として使われる。サムスンは当時、東芝の特許技術を使うために巨額な特許料を支払っていた。そんな東芝がサムスンの追撃を意識し、共同事業を提案。サムスン首脳部も肯定的に受け入れる雰囲気だった。しかし、黄昌圭社長は「堂々と独自事業を展開する」と話した。李健熙会長は3つの質問を投げかけた。「やる価値があるか。DRAMも未来にはなくなると聞いているが。自信はあるか」という質問を受け、黄社長はモバイル向けメモリー半導体の成長可能性とともに生産ラインの準備など独自事業に向けた準備をどれだけ進めてきたのかを説明した。そして、李健熙会長は「東芝の提案を丁重に断り、独自事業に進めよう」と決断した。

 サムスンメモリー事業を率いた黄昌圭元社長の著書「黄の法則」に出てくる決断の瞬間だ。サムスンはその年、最悪の半導体不況にもかかわらず、大規模な投資を断行し、1年半で東芝を追い越した。再び1年後にはフラッシュメモリー市場で世界首位のインテルを抜き去った。サムスンは続いて、当時携帯電話メーカー最大手だったフィンランドのノキア、米アップルのiPod、iPhone向けに製品を供給し、NAND型フラッシュメモリーを韓国半導体の中心軸に育てた。もはやNAND型フラッシュメモリーを使わないスマートフォンやノートパソコンは想像すらできない。一方、東芝はサムスンに順位で後れを取ったばかりか没落した。インテルも結局フラッシュメモリー事業を売却した。

 サムスンのフラッシュメモリー事業は後発走者としてスタートし、世界トップに躍り出た韓国産業界の代表的な革新事例に挙げられる。未来に備えた研究開発(R&D)、経営陣の正確な市場予測、不況期に無謀に見えるほどの投資を断行したオーナーの決断、300もの工程を経る半導体の新製品生産をわずか9カ月で完了し、ノキアに納品した従業員の献身が調和した結果だ。飛行機の故障で初の会議をすっぽかした黄社長は、烈火のごとく怒るスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)を相手についに製品供給を成功させた。問題は韓国企業からそうした革新ストーリーを聞くことが難しくなっている事実だ。肥大化した韓国企業は品質よりは収益性を、危険を冒した挑戦よりはリスク管理、株価管理にさらに神経を尖らせているようになっている    。

 企業の革新が国家経済にどのような影響を及ぼすかは、テスラのイーロン・マスクCEOのようなすごい企業家が絶えず登場する米国と過去の偉大な遺産を食いつぶすことに安住している欧州を比較してみると、その差は克明だ。国際通貨基金(IMF)によると、2008年の欧州連合(EU)の国内総生産(GDP)は14.22兆ドルで米国(14.77兆ドル)と大差なかったが、今年はEUが15.07兆ドルで、米国の26.86兆ドルの60%にも及ばない。この15年間、米国が82%も成長したのに対し、EUの成長率はわずか6%にとどまったためだ。現在の傾向が続けば、2035年には米国と欧州の1人当たりGDPの格差が、今の日本と南米エクアドルの格差並みに広がるとの見方もある。自動車大国ドイツは電気自動車(EV)への転換を疎かにしたが、ドイツが技術を伝授した先の中国製EVに押され、ドイツ国内市場まで明け渡しかねない状況だ。「ドイツの自動車産業の屋台骨が揺らいでいる」とため息が出るほどだ。またかつて「太陽の沈まない国」と呼ばれた歴史を誇る英国は製造業の没落で何と1100万人の人口が空腹に苦しんでいるという衝撃的な報道が聞かれる。

 高齢化と過度な中国依存、従来の主力産業の衰退などドイツと似た悩みを抱える韓国経済は果たして米国と欧州のどちらに向かうのだろうか。「5年、10年後を思えば背中に冷や汗をかく」という李健熙会長の言葉が改めて切実に感じられる。

趙亨来(チョ・ヒョンレ)副局長兼エディター(経済担当)

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