▲「ソウルの声」のペク・ウンジョン代表が2022年6月、ソウル市瑞草区の尹錫悦大統領の私邸前で大統領夫人、金建希氏の逮捕などを求める集会を開いている。/ニュース1

 論議を呼んだ「金建希(キム・ゴンヒ)夫人盗撮」報道の論点は二つだ。まず、金建希夫人の行動に関連する問題だ。大統領夫人が身元も検証されていない人物と連絡を取り、プライベートな空間で会い、ブランド品を渡されたという事実だけでもショッキングだ。これまで金建希夫人に対する攻撃はフェイクだったり、故意に貶めようとしたりするものが多かったが、夫人自身が不適切な言動で物議を醸した例も少なくない。金建希夫人の行動が大統領室による公式なコントロール外にあるリスクも今回明らかになった。

 巷では大統領の周囲にいる誰もが金建希夫人の問題を直言できないという話が広まっている。報道から5日以上たっても大統領室が何の立場も示さなかったのはそのためだと言われている。いわゆる「金建希リスク」が現実となったのだ。このリスクを細かく管理できなければ、尹錫悦政権は大きな打撃を受けかねない。盗撮報道に対して、まずは何か立場表明をして当然だ。

 さらに大きな争点は取材相手を罠にかけるような取材手法だ。自称メディアが違法な方式で取材を行うことがどこまで許されるのかという問題だ。盗撮は在米韓国人の牧師が行ったが、それをセッティングしたのはインターネットメディア「ソウルの声」だったという事実が後日明らかになった。そのメディアの記者が超小型カメラとブランド品のバッグと化粧品を購入し、牧師がそれを持って金建希夫人に接近したという。情報提供を受けて報道したのではなく、メディアが牧師を介して罠を仕掛け、盗撮を企画したのだった。私はこのことの方が構造的で危険な問題だと考える。「金建希リスク」は政権の評判に関わる問題だが、メディアもどきの暴走は我々が苦労して構築した民主主義のルールを破る国家的問題であるためだ。

 同意なしに他人の撮影・録音を行うことは基本的に違法だ。言論財団の倫理綱領も「記者は盗聴、隠し撮りなどでプライバシーを侵害してはならない」と規定している(第2条5項)。ただし「公益のために避けられない場合」だけが例外だ。不衛生な飲食店や麻薬取引現場への潜入取材などが代表的だ。しかし、その場合も飲食店が不衛生だ、特定の場所で麻薬が取引されるなどといった情報提供など公益的要件が具体的で明確に存在しなければならない。記者が飲食店で所構わずみだりに撮影をして構わないはずはない。

 記者はニュースの当事者ではない。第三者の立場で事象を記録する観察者であって、事件に割り込んで事実を創造することはメディアがなすべき領域ではない。今回の論争で「ソウルの声」は企画者でなおかつ設計者の役割を果たした。観察というレベルを超え、カメラと贈答品を準備し、盗撮ドラマを演出した「ソウルの声」は金建希夫人に「人事上の便宜供与」疑惑があり、罠を仕掛けたと話す。しかし、問題のメディアの盗撮映像には人事上の便宜供与に関する話が出てこない。「疑惑を取材する」と言っておきながら、ブランド品をえさに別の罠を仕掛けた。罠を仕掛けなければ存在しなかった事実をつくり出したのだ。

 ソウルの声を「メディア」と見なせるかどうかからして論議になり得る。ソウルの声は自らを「懲罰メディア」と呼ぶ。間違ったことを戒めるのが目的だという。しかし、メディアは罰を与える存在ではない。勝手に善悪を決め、恣意(しい)的に選別した悪に懲罰を加えるなら、それはやくざ集団にすぎない。「懲罰メディア」という言葉自体、論理が破綻している。メディアは観察して伝えることが仕事で、懲罰を行ってはならない存在だからだ。

 このメディアは物理的懲罰までためらわない。「親日」論争の的となった白善燁(ペク・ソンヨプ)将軍の墓を訪ねて乱暴を働いたかと思えば、目を付けた右派の教授、歴史学者、医師会長などに暴言を浴びせ、胸ぐらをつかむなどして、その動画を撮って報じた。暴行、侮辱などで有罪判決を受けたことも数回ある。昨年初めにはこのメディアの記者が金建希夫人と電話で話した「7時間録音記録」をばらまき、大統領選を揺さぶった。当時密かに会話を録音した記者が今回の取材をセッティングした。同じ記者が違法な取材手法を繰り返したのだ。

 このメディアにとどまらない。偏向性で悪名高い別のメディアは尹大統領と韓東勲(ハン・ドンフン)法務部長官らが深夜にパーティーを開いたという「清潭洞酒席疑惑」のフェイクニュースを流しても謝罪さえしていない。韓長官を尾行して自宅に侵入したり、梨泰院雑踏事故の犠牲者名簿を無断公開したりと倫理に反する行為で絶えず論議を呼んだ。天安艦陰謀論の先頭に立った別のメディアは「尹錫悦検事が大庄洞事件をもみ消した」という偽の会話記録を昨年の大統領選3日前に流した。

 メディアとして最小限の責任さえ無視する「メディアもどき」の暴走は危険水位を超えた。彼らにも同じように言論の自由を認めることは、暴力団に凶器を握らせるのと同じことだ。今こそはっきり言う必要がある。マスコミであることを主張するが、マスコミとは言えないメディアもどきに対して、韓国社会が明確に一線を画し、彼らに与えた取材特権を取り上げるべきだ。

朴正薫(パク・チョンフン)論説室長

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