▲イラスト=パク・サンフン

 「私の全財産を奪おうとして、組織暴力団と特殊部隊が追いかけてくる。元検事長が殺人の請負までしている」

 ソウル警察庁とソウル冠岳、方背、恵化署などにそんな告訴状が先月相次いで届いた。ソウル市鍾路区のJさん(82)が4月30日、告訴状を持参して恵化署に現れると、捜査官らは「また来た」とあきれ顔だった。Jさんは昨年7月から「何者かが私を脅している」という趣旨の告訴状を内容を少しずつ変えながら提出している。

【表】日本を圧倒する韓国の告訴・告発事件数

 昨年末、ソウル江南署にはトランプ米大統領に詐欺にあったという告訴状が提出された。再選に成功したトランプ大統領が政権1期目に自分をそそのかし、金銭を受け取った後、返さなかったという内容だ。同署捜査官は「犯罪容疑も存在しないとみられ、事実上捜査も不可能だが、告訴状を受理したらとにかく手続きを踏まなければならない」と話した。

 昨年1年間に韓国全土の警察署が受理した告訴・告発事件は67万7979件に達した。前年(45万2183件)に比べ50%の増加だ。共に民主党の楊富男(ヤン・ブナム)国会議員が警察庁から提出を受けた資料によると、2020、21年の告訴・告発件数は約40万件だったが、23年から毎年5万~22万件急増している。

 本紙取材チームがソウル市内の警察署における事件受理と捜査の過程を取材したところ、正式な捜査を始めることも困難な荒唐無稽な告訴・告発事件であふれていることが分かった。警察官は昼夜分かたず発生する犯罪に対応する以外に、事実上「嘆願」に近い告訴・告発事件の処理に格闘している。

 これは23年に検察と警察の捜査手続き規定が変更されたためだ。同年10月、法務部は法改正で検察・警察などの捜査機関の告訴・告発状受理を義務化する条項を新設した。法務部は当時「国民の無念を減らす狙いだ」と説明した。

 制度の趣旨は善意だったが、正反対の結果を生んでいる。犯罪が成立しないと判断される告訴・告発件も無条件で捜査を行い、却下(犯罪容疑がないために事件を終結すること)の手続きを踏んでいるために、緊急性がある犯罪に対応する時間を奪われているのだ。

 ソウル江南署は最近、近隣のマッサージ店全てがマッサージ師の資格なしで経営されていると主張し、「医療法違反」の疑いで相次いで告発してくる人物に頭を悩ませている。同署関係者は「告発があれば、ひとまず現場調査に行かなければならないほか、なぜ問題ないのかを説明するために証拠収集や報告書作成もしなければならない」と話した。「以前は『相次ぐ告発』については、一部だけを調べ、捜査を取りやめたが、それさえも不可能になった」と続けた。ソウル西部署は自身が告訴した事件が「嫌疑なし」と判断されると、1年以上にわたり「警察に事件を握りつぶされた」と陳情を行う人物の存在に苦しんでいる。

 行き過ぎた告訴・告発による被害は結局国民に及ぶ。本紙が最近、ソウル市内の警察署10カ所の捜査官20人余りを取材した結果、「虚偽の告訴・告発」と判明した事件を処理するのに平均6時間以上がかかってことが分かった。告訴・告発を行った当事者を呼び、少なくとも1時間は聴取を行うほか、陳述調書や証拠物などを分析し、捜査報告書を作成しなければならない。課長級による決裁を受けた後も送致・不送致決定書を作成する必要がある。

 警察庁によると、事件処理期間が6カ月を超える事件の割合は、2019年の5.1%から2022年には13.9%にまで増えた。そのあおりで毎年急増する仮想通貨詐欺や投資詐欺など対応が急がれる事件の捜査も遅れているというのが警察の説明だ。

 告訴・告発を乱発する政界と市民団体もこうした風潮をあおっていると指摘されている。与野党が党利党略で捜査機関に告訴・告発状を提出し、それを大々的にアピールする慣行も捜査機関の捜査力を低下させているとの批判が多い。

 米日の捜査機関は犯罪容疑がないとみられるか、軽微と判断される事件については、自主的な判断で事件を受理しない。民事で解決できる事件はまず一個人間の調整に任せる仕組みだ。ソウル大ロースクールのイ・チャンヒ客員教授は「虚偽の告訴・告発による捜査機関の行政能力浪費や、被告訴人の弁護士受任料など不必要なコストを告訴・告発人に負担させる方策を検討すべきだ」と話した。

ク・アモ記者、ヤン・インソン記者、キム・ミョンジン記者

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