コラム
被告人・尹錫悦の裁判をぜひ多くの人に見てもらいたい理由【コラム】 非常戒厳1年
先日、大学に勤務されている方から朴槿恵(パク・クンヘ)元大統領のことを見直したという話を聞いた。尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の裁判に関する話だった。朴元大統領は罷免から3年9カ月にわたる裁判を受けた後、懲役20年の判決を下された。しかし、弾劾の過程でも長い収監と裁判でもまともな自己弁明さえできなかった。支持者でさえ「もどかしい」と胸を痛めた。ところが、振り返ってみると、尹前大統領の裁判と比べ、朴元大統領は前職大統領として最低限の品位を守ろうと努めたのではないだろうかというのだ。朴元大統領を罷免させた職権乱用のような「犯罪」もやはり尹前大統領と比較すれば取るに足らないようなことに見えるという。
【写真】戒厳軍の銃口をつかむ共に民主党の女性スポークスパーソン・安貴リョン氏
尹前大統領の裁判は公開され、ユーチューブで見ることができる。それを見た人々は尹前大統領の口調と態度に腹が立ち、収監された数多くの軍人に対する憐れみの情だけが増すと口をそろえた。尹前大統領は在職中と同様、さまざまな発言をした。あれほど多くの発言を行う被告を見たことがない。特有の大きなジェスチャーと片手を机に乗せたまま首を振る動作、たまにぞんざいな言葉遣いを交えながら長々と自己弁護した。特別検察官(特検)と判事の質問には「陳述を拒否する」と言う一方で、「ただ参考までにこの話は申し上げる」として本筋の話より多くの発言を繰り返した。
尹前大統領は2024年、南米で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)とG20の首脳会議について、「メンバーでもないのにポピュリズム的な左派政権の首脳が大挙招いておいて、少しでも豊かな国から援助してほしいという話だった」などと述べた上で、自分は重要な外交に集中するので、重要ではない国際会議には韓悳洙(ハン・ドクス)元首相に出席を勧めたとも発言した。当時招かれた開発途上国の首脳を政府開発援助(ODA)を物乞いしているととらえた認識とそういう言葉を吐く無分別さに驚愕した。韓国が多国間会合に正式メンバーとして認められたのは、それほど昔のことではない。
非常戒厳の当日、国民の力の議員の一部に電話したことについて、尹前大統領は「事前に知らせることができず申し訳なかったと伝えるためだった」と説明した。裁判官は「緊迫した状況なのに、ご苦労様と言うために電話したのか」と尋ねた。すると、尹前大統領は「当時、私も特にすることがなかった」と答え、恥ずかしそうに笑った。全国民が特戦司令部のヘリが国会に着陸する様子にハラハラしていた当時、大統領は特にすることがなかったという言葉に耳を疑った。与党支持系のユーチューブはそれを「腹が立つが笑える」と皮肉ったが、それに反論することはできなかった。
尹前大統領の発言は、戒厳令は大したことではなかったという趣旨で無罪を主張するものであるため、割り引いて聞くべきだが、それでもひどすぎる。呂寅兄(ヨ・インヒョン)元国軍防諜司令部司令官については、「この防諜司令官というヤツは捜査の『ソ』の字も知らない。いくら野戦通だとしても、どうしてそんなヤツが防諜司令官をやるのか」と発言した。この動画は数日後、呂氏の前でそのまま再生された。戒厳の遂行が不可能だと言ってひざまずいた将官を「ヤツ」呼ばわりするなんて。国家情報院の洪壮源(ホン・ジャンウォン)元次長からは「被告は部下に責任を転嫁するのか」とまで言われた。些細な犯罪者であれ大統領であれ、無罪を主張する権利はある。しかし、政治家の逮捕と国会と選管に軍を出動させた責任を国防部長官や部下に転嫁する姿からは前職大統領の品位や自尊心は見いだすことができなかった。
戒厳準備ができていなかったという呂氏の釈明も鵜呑みにはできないが、呂氏が証言する当時の状況からみて、大統領と軍はこんな状況でいいのか、目の前が真っ暗になる。大統領の戒厳談話を見てどう思ったのかという質問に、呂氏はため息をつきながら「私は当時スリッパを履いてしたが、軍靴に履き替えて指揮室に向かった。当惑していた」と語った。防諜司令部の要員が逮捕対象はジャーナリストの金於俊(キム・オジュン)氏ではなくトロット歌手の金浩仲(キム・ホジュン)だと思っていたという話はうそであることを願うばかりだ。
尹前大統領は。そして、裁判を通じて罪を償うことになろう。しかし、尹前大統領は前職大統領という過去形ではなく、現在進行形の事案だ。民主党は尹前大統領が来年1月に釈放されると危機感を吹き込み、「内乱の完全終結」を選挙の際に主張するだろう。国民の力は「尹アゲイン」と「尹ネバー」の両勢力が衝突して大騒ぎだ。民主党は今後数十年、尹前大統領の話を蒸し返すだろうし、国民の力はこのままでは看板を下ろすしかない。
それゆえ、もっと多くの方に尹錫悦裁判を見てほしい。一人に無限の権力を与える大統領制がどれほど脆弱なのか、韓国軍と公職社会がどれほど脆弱なのかを目の当たりにすることができる。野党は「体制戦争」のような観念的論争を明け暮れる時間があれば、裁判を見ながら答えを探さなければならない。 民主党とて対岸の火事ではない。数年後に再開される別の前職大統領の裁判にどう対処するのか、参考すべきことは少なくない。尹錫悦裁判は過去を鑑にして未来に誤りを犯さないための「現代版」懲毖録(編注:柳成竜が壬辰倭乱ついてまとめた史書)だ。
鄭佑相(チョン・ウサン)論説委員