IT産業
AI時代の高等教育から消えるプログラミング言語、米スタンフォード大が「人間の言語」を重視する理由とは
■AIが変えた米工科大学の授業
1月15日(現地時間)、米カリフォルニア州パロアルトにあるスタンフォード大学を訪れた。コンピューターサイエンス学科(Computer Science)の人工知能(AI)科目の講義室では、AIスタートアップ「ADALINE(アダライン)」の共同創業者、アルシュ・シャー・ディルバギ氏が招へい講師として講義を行っていた。同氏は「伝統的なコーディングでは、同じ値を入れると常に同じ結果が出るが、AIは異なる」と述べ、デモンストレーション動画を見せた。学生たちはノートPCで「Claude(クロード)」などの生成AIモデルにアクセスし、プロンプト(ユーザーがAIに入力する指示や質問、要請事項)をデモ動画と同じように入力した。講師は「人間に対して話すように、AIに対しても、言語の意味や脈絡をきちんと活用しなければならない」として「(AIを活用してアプリやウェブサイト、ゲームなどを開発する時には)プログラミングコードよりも純粋な英語が大切になってきたため、微妙な言葉の差が製品の品質に影響する」と指摘した。
【表】AIの波が押し寄せるコンピューター工学の講義
この授業はChatGPTやGeminiなどのAIモデルを使い、実際に使用可能なアプリやサービスを作成する「ブートキャンプ(新兵訓練所)」形式で進められる。課題も試験もない。約60人の学生がチームを組み、10週間かけてAIでアプリやサービスを開発し、成果物を発表する。経営学など他の学科の学生も十数名参加している。1時間30分の授業の中で、プログラミング用のコードには一言も言及せず、代わりに「コミュニケーション能力」が何度も強調されていた。講師のジョン・ウェイリー氏は「同僚や顧客はもちろんのこと、AIとも上手なコミュニケーションができなければ、いい結果は生まれない」として「学生たちにチームを組ませて2週間ごとに発表させるのも、そういう目的があるからだ」と話した。
AIが大学のテクノロジー教育を変えようとしている。コーディングのように専門教育を受けた人だけが可能だった技術をAIが代替するようになり、言語や論理、コミュニケーション、AI倫理・哲学といった人文・社会科学が、AI時代の必須能力の供給源として再評価されているのだ。また、テクノロジー教育は理論中心から実用中心に変わり、AIは使用禁止一辺倒から効果的なAI活用法を教える方向に変わっている。その理由は、AIの普及に伴う就職難だ。AIの常用化が進んだことに伴って企業が求める人材像が変わり、経験の浅い若手エンジニアの仕事をAIが代替するようになったからだ。
■変化するコンピューター工学と授業
米国の大学のほとんどは授業中にAIを使うことを禁じている。しかし一部の大学は、AI時代に適応できる新たな形の授業を導入している。スタンフォード大は前学期、プログラミング言語を使って自分でソースコードを書くのではなく、AIでコーディングする方法を学ぶ「現代ソフトウエア開発者」講座を初めて開設した。カーネギーメロン大は昨年下半期、マイクロソフトなどビックテック出身の講師が開発現場でのAI活用方法を紹介する講座を開講した。また、ボストンにあるノースイースタン大は、日常使う自然言語で意図(Vibe)を説明するとAIが意図をくみ取ってコーディングしてくれる「VIBEコーディング」の授業を実施した。
米国の各大学は、AIの使用禁止から積極的な受容・共存へとかじを切り始めている。かつての文章作成の授業のように、AIを正しく使いこなすための「AIリテラシー」能力がどの専攻にとっても必須の教養として定着し、マサチューセッツ工科大(MIT)やスタンフォード大では全学生を対象とした講座が開設された。カーネギーメロン大学の「生成AI」という講座では、同じテーマについて学生が自ら取り組んだ課題をまず提出し、その後AIを活用して誤りを検証・補完したバージョンを再提出させている。また、AIモデルを「協力者」と位置づけ、論文に共著者を記載するように課題にAIモデルの名前を明記させる授業も増えている。
■AI時代の到来で変化してきた企業の人材像
大学の授業が変化してきたのは、AI時代の到来によって求められる人材像が変化し、それに伴う若手人材の就職難が深刻になったからだ。米ベンチャーキャピタルのシグナルファイアによると、主要ビッグテック15社の全採用人数に占める新卒(実務経験1年以下を含む)の割合は、2019年の14.4%から5年で7.2%にまで減少した。講師のウェイリー氏は「2年前はコンピューターサイエンス学科の学生が2-3社からオファーを受け、うれしい悩みを抱えていた」とした上で「昨年は約10人の学生から入社推薦状の作成を依頼されたが、今年はさらに厳しくなるのではないか」と予想した。
経歴の浅いエンジニアの役割をAIが代替するようになり、企業の現場では理論よりも実務経験が、コーディング能力よりも同僚やAIとのコミュニケーション能力が求められている。人文学(文系)の時代が再び訪れようとしているとの分析もある。AI分野の世界的な権威者、アンドレイ・カーパシー氏が「AI時代に最も重要な言語は英語だ」と述べたように、今やAIを十分に活用するために重要なのは、プログラミング言語ではなく一般的なコミュニケーション能力や批判的思考力になってきたからだ。米ビジネス雑誌『フォーチュン』は「AIには代替できない判断力や創造性を持つ文系学科の専攻者を再び優遇するようになってきた」との見方を示した。
シリコンバレー=カン・ダウン特派員