故・金大中(キム・デジュン)元大統領の太陽政策について、普通の人はその最大の成果を「開城工業団地や金剛山観光など、事業として形になった南北関係改善」と考えている。しかしそれは事実とは異なる。太陽政策における最も重要な成果は、保守と進歩が対北朝鮮政策について話し合いができる政治的空間を開いたという点にある。先日韓国の国会で可決した北朝鮮に風船を飛ばす行為を禁じる法律は、太陽政策の精神からすればこれ..
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故・金大中(キム・デジュン)元大統領の太陽政策について、普通の人はその最大の成果を「開城工業団地や金剛山観光など、事業として形になった南北関係改善」と考えている。しかしそれは事実とは異なる。太陽政策における最も重要な成果は、保守と進歩が対北朝鮮政策について話し合いができる政治的空間を開いたという点にある。先日韓国の国会で可決した北朝鮮に風船を飛ばす行為を禁じる法律は、太陽政策の精神からすればこれに逆行するものであり、この空間を完全に閉じるものだった。太陽政策がもたらした最も重要な変化は、北朝鮮に対する韓国国内の見方に関する「民主化」だった。誰もが報復を恐れることなく、北朝鮮政権に対して肯定的あるいは否定的なことを言えるようになったのだ。
ところが今月国会で可決した法案は、全てを元の状態に引き戻してしまった。これによって韓国人はまたも北朝鮮について語ることに気を使わねばならなくなった。とりわけ北朝鮮政権が北朝鮮住民を扱うそのやり方について、これを批判するときは一層注意しなければならない。この法律は38度線の向こう側にある北朝鮮に向けて風船、ビラ、USBメモリー、聖書、現金などを飛ばした場合、最高で2万7000ドル(280万円)の罰金と3年以下の懲役に処すると定めている。
韓国与党・共に民主党の宋永吉(ソン・ヨンギル)議員や韓国統一部(省に相当)の李仁栄(イ・インヨン)長官など、与党の政治家たちは2種類の主張によってこの法律を擁護している。一つ目は「この法律は国境近くに住む住民を風船に対する北朝鮮の報復から守る」という主張だ。二つ目は「風船を飛ばすことは南北合意に反する行為、すなわち北朝鮮政権に対する一種の『心理戦の手段』になるため中断しなければならない」ということだ。
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どちらも一見するとそれらしく聞こえる。北朝鮮政権が北朝鮮に風船を飛ばされることを嫌っているのは事実だ。今年の夏に金与正(キム・ヨジョン)は文在寅(ムン・ジェイン)政権に対して声明を出し、風船を飛ばす行為について「韓国でこれを禁止せよ」と要求した。しかし北朝鮮は「活動家たちが風船を飛ばす国境付近の村に報復する」という脅迫はしなかった。韓国市民を標的として大衆的な怒りを引き起こすことは北朝鮮の意図するところではない。報復は軍事的あるいは公式の目標物に向けて行われるものだ。そのため北朝鮮は南北連絡事務所を破壊したのだ。
人権活動を「心理戦の手段」と表現するのは不適切な言葉の使い方だ。「心理戦」は政府が敵の標的に対して実行する軍事活動であり情報活動だ。例えば政府の指揮による作戦として、DMZ(非武装地帯)全域の拡声器を使って放送を行うことは心理戦だ。一般市民中心の非政府機関による抗議行動や風船飛ばしは人道主義的な表現の一つの形ではあるが、情報活動や軍事作戦ではない。ホワイトハウスの前でトランプ大統領の肖像画を燃やす黒人の人権を求めるデモを「心理戦」と呼ぶようなものだ。しかも統一部は「風船を使って北朝鮮に飛ばした物が逆に韓国に吹き戻され、国境付近の村に落下した場合は住民がこれを撤去しなければならない」と主張している。これは単なるごみ処理の問題だ。
風船を禁じることは、北朝鮮の人権運動を後退させたい韓国政府が進める政策の一環であることは間違いない。韓国におけるかつての進歩性向の政府は、北朝鮮人権団体に対して「上品な無視」というやり方で対処した。平壌を批判し、これによって南北関係にマイナスの影響を及ぼしかねないこれらの団体のやり方は、過去の進歩的な韓国政府にとっても決して好ましいものではなかったが、だからといって積極的に彼らを弾圧するようなことはしなかった。そう考えると今われわれは新たな秩序を目の当たりにしているのだ。
今、韓国における多くの団体は「韓国では今、北朝鮮に対する批判を押さえ付けるため数多くの努力が行われている」と私に伝えている。統一部は北朝鮮の人権と脱北民の再定着に関与する市民団体のうち、最低25カ所に対して監視を行った。さらに韓国政府は北朝鮮人権関連の市民団体が脱北者支援センターのハナ院に立ち入ることができないようにし、北朝鮮人権財団に対する財政支援も90%以上カットした。これは「上品な無視」ではなく、表現の自由に対する積極的な弾圧だ。
もちろん政府が通常の外交努力によって得られた動力を生かしたいと考えるのは理解できる。しかし北朝鮮同胞により良い生活をさせたいとする韓国人の思いを押さえ付けることは「自滅政策」にすぎない。真の南北和解は、韓国をはじめとする全世界で北朝鮮住民を支援したいと考える人たちがいることを北朝鮮住民が知ったとき、最もスムーズに実現する。人権改善の思いや行動が、韓国政府の政策的目標に合致する活動のみに適用されることを北朝鮮住民が知ったとき、これは和解においてプラスにはならない。
米国の友人たちが沈黙しているからといって、これを「無関心の表明」だとか「風船法に対する韓国政府の主張が受け入れられた」などと考えてはならない。これまで多くの米国人は公開的ではなく私的な機会でのみ懸念を表明してきた。同盟を尊重しているからだ。しかしこの沈黙がいつまで続くかは分からない。ワシントンの人たちは「風船法」に戸惑っており、近く発足するバイデン政権にもすでに懸念の声を伝えている。
ビクター・チャ米戦略国際問題研究所(CSIS)韓国部長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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