▲1月11日、ソーシャルメディアにテヘランの法医学センターで撮影されたとされる映像が掲載された。イラン当局の武力弾圧により犠牲になった犠牲者の遺体が至る所に散らばっている。ロイターはこの映像を検証し「建物、道路の配置、そして該当地域の衛星イメージを通じて位置を特定した」と明らかにした。/ソーシャルメディア
フランスの哲学者ミシェル・フーコー(1926-84)は1978年、イスラム革命の真っ最中にあったイランのテヘランを現場で取材した。当時もイランでは、国民が「経済難と権力層による腐敗」に抗議する大規模なデモを行っていた。対象がパーレビ王政という点だけが今とは異なっていた。「王に死を!」。フーコーは約2700人の犠牲者を出しながらも「イスラム共和国」を叫ぶ姿に感嘆し「政治的霊性」が原動力だと絶賛した..
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▲1月11日、ソーシャルメディアにテヘランの法医学センターで撮影されたとされる映像が掲載された。イラン当局の武力弾圧により犠牲になった犠牲者の遺体が至る所に散らばっている。ロイターはこの映像を検証し「建物、道路の配置、そして該当地域の衛星イメージを通じて位置を特定した」と明らかにした。/ソーシャルメディア
フランスの哲学者ミシェル・フーコー(1926-84)は1978年、イスラム革命の真っ最中にあったイランのテヘランを現場で取材した。当時もイランでは、国民が「経済難と権力層による腐敗」に抗議する大規模なデモを行っていた。対象がパーレビ王政という点だけが今とは異なっていた。「王に死を!」。フーコーは約2700人の犠牲者を出しながらも「イスラム共和国」を叫ぶ姿に感嘆し「政治的霊性」が原動力だと絶賛した。
【写真】ホメイニ師の神政イスラム共和国が発足したことを報じる1979年2月13日付の朝鮮日報1面
あれから半世紀。われわれは、その「霊性」がキリング・フィールドや天安門事件と肩を並べるほどの最悪の自国民虐殺を繰り広げているのを目の当たりにしている。ドイツのシュピーゲル誌は「イランはよく作動する殺人機械」と評した。フーコーが自分の過ちを認めざるを得ない表現だ。フーコーはイスラム指導者のホメイニ師を「聖人(saint)」になぞらえ、革命の過程を「武装した統治者と手ぶらの亡命者間の対決」と美化したりもした。
現在「武装した統治者」はホメイニ師の後継者であるハメネイ師で、「手ぶらの亡命者」は君主制の最後の皇太子へと位置が逆転した。「ハメネイに死を!」というスローガンも同じだ。1979年のパーレビ国王亡命後に樹立された「イスラム共和国憲法」を見ると、ホメイニ師・ハメネイ師が上り詰めた最高指導者の座は神を代理している。三権分立を超えた「絶対統治権」が保障されるのだ。そのため、「パンをくれ」と叫ぶデモ隊に「神の敵」という烙印(らくいん)を押し、機関銃を連射することができる。
イランの消息筋が送ってきた映像は、フーコーによる分析の破綻を宣言するかのようだった。テヘラン通りには文字通り血が流れていた。当時もフーコーがイスラムの女性弾圧などに目をつぶっていたという指摘があった。しかし「米国は巨大なサタン」と言ってくれるホメイニ師のような人物は、彼らの好みにより近かったのだろう。こうした反米感情にオリエンタリズム的ロマンや憧れまでが加重されると、中国や北朝鮮までが「代案体制」として化け始める。
イスラエルによるガザ地区への空襲、米国によるベネズエラへの空襲に、韓国のいわゆる進歩(革新)陣営は蜂の群れのように立ち上がった。「集団虐殺をやめろ」「帝国主義的主権侵害を中断せよ」、あらゆる「共同声明」「緊急行動」に参加した団体が数十から数百には上ることだろう。だが、今回のイランでの暴動に「民主」「進歩」「人権」のような看板を掲げた政党や団体は沈黙するか、形式的反応にとどまっている。かつてのフーコーやサルトルと変わらない、観念的反米のためではないだろうか。
姜琪正(カン・ギジョン)光州市長は「イランで光州の虐殺が再現されている」とし「イラン国民が感じる恐怖や寂しさはよく理解している」とコメントした。進歩なら当然出すべき声明だ。与党・共に民主党の綱領には「5・18(光州事件、1980年5月18日から10日間にわたって繰り広げられた市民抗争)の精神継承」が明示されている。こうした国の「進歩」や「人権」といった単語が、せいぜいのところ「選択的正義」や「反米の同義語」を意味する程度にとどまっているとすれば、実に悲しい話だ。「われわれを忘れないでほしい」と叫んだ1980年の光州をたたえる進歩なら、2026年は「われわれの代弁者になってほしい」と願うイランの訴えにも、誠実でなければならない。
パリ=ウォン・ソンウ特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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