▲李珍官部長判事 /写真=ニュース1
1月14日に裁判所は、韓悳洙(ハン・ドクス)前首相に対し「内乱重要任務従事」容疑を認めて懲役23年を言い渡した。特別検察官(特検)が15年を求刑した事件だった。求刑をここまで上回る宣告は異例だ。判事たちの間からも「びっくりした」という反応が出た。
【一審まとめ】求刑15年の被告人・韓悳洙に懲役23年
この事件は、まず起訴状変更のやり方から異例だった。昨年10月20日、裁判長を務める李珍官(イ・ジン..
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▲李珍官部長判事 /写真=ニュース1
1月14日に裁判所は、韓悳洙(ハン・ドクス)前首相に対し「内乱重要任務従事」容疑を認めて懲役23年を言い渡した。特別検察官(特検)が15年を求刑した事件だった。求刑をここまで上回る宣告は異例だ。判事たちの間からも「びっくりした」という反応が出た。
【一審まとめ】求刑15年の被告人・韓悳洙に懲役23年
この事件は、まず起訴状変更のやり方から異例だった。昨年10月20日、裁判長を務める李珍官(イ・ジングァン)部長判事は、起訴された「内乱首謀者ほう助」のほかに「内乱重要任務従事」を追加することを要請した。
起訴内容に法理的問題があれば、判事は起訴状変更を要求できる。だが、通常は「変更を検討してみるべき」と言うもので、特定の罪名に言及はしない。ある判事は「言及しなかったら、特検がすっきりと『重要任務従事』を選んだかどうか疑問」と語った。戒厳を事前に謀議するほどの人物に適用される容疑だからだ。しかも、韓・前首相の加担の程度を判断するにはまだ早い時期での起訴状変更だった。
重い刑を言い渡した最大の理由は「上からの内乱」だ。政権勢力が主導する「親衛クーデター」は、その危険性の程度が「下からの内乱」とは比較できない、という論理だった。特検は、12・12事態(1979年の粛軍クーデター)で非常戒厳全国拡大を主導して懲役7年を言い渡された周永福(チュ・ヨンボク)元国防相の事件を挙げて懲役15年を求刑した。しかし裁判部は「過去の判決は基準になり得ない」として23年を言い渡した。
「上からの内乱」は、従来はなかった概念だ。弁護人によると、裁判でも単語すら言及されなかった。ところが、量刑の最も重要な基準として判決文に登場した。別の判事は「死者も発生した過去の事件の判決を参照できないほどに重要な概念なら、裁判で取り上げるべきだった」と語った。
12・3戒厳が国憲紊乱(びんらん)の暴動であれば、内乱罪になり得る。韓・前首相が戒厳を制止せず、「合法」の外観まで整えてやったとすれば、内乱重要任務従事者になることもあり得る。だが、裁判部がことさら同事件を特別視して結論を決めておいたという印象を与えてはならない。振り返ってみれば、「国民のためにどのような措置を取ったか」という裁判長の叱責(しっせき)から、結論はある程度予想できた。
かつての「国政介入」事件で韓国の裁判所は、要件もあいまいな職権乱用で数多くの元政権関係者を勾留し、有罪を言い渡した。朴槿恵(パク・クンヘ)元大統領と、家族でもないチェ・ソウォン(改名前は崔順実〈チェ・スンシル〉)受刑者との「経済共同体」を認定した。このように既存の法体系から逸脱した無理な判断は、国政介入を特別な事件と見なして「厳罰」を叫ぶ社会の雰囲気に、裁判所が巻き込まれた結果だ。大法院(最高裁)が2020年に職権乱用の成立範囲を狭める解釈を打ち出したのは、それに対する反省的考慮だ。
司法手続きは誰に対しても、どんな事件でも公平に適用されなければならない。内乱だからといって例外にはなり得ない。進歩(革新)系の法曹関係者も「内乱特別裁判部」に反対した理由はここにある。司法正義を打ち立てるものは、「内乱を終わらせた国民の勇気」にむせぶ判事の感情移入ではなく、いささか無味乾燥であっても公平に適用される司法手続きなのだ。
ヤン・ウンギョン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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