▲ソウル市中区のハナ銀行偽変造対応センターで、行員が5万ウォン札を整理している。/写真=ニュース1
「作品を収蔵している人がこれほど多い作家は私しかいない。誰のポケットを探しても私の作品を持っている。全国民が持っているではないか。私の作品がなければ貧しい」
【写真】李鍾祥教授作『装備』と「独島の日の出」
一浪・李鍾祥(イ・ジョンサン)画伯は生前のインタビューで、自身の作品をこのように紹介した。彼が描いた朝鮮王朝中期の儒学者、栗谷・李珥(イ・イ)は5000ウォン札に、李珥の母親で書画家の申師任堂(シ..
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▲ソウル市中区のハナ銀行偽変造対応センターで、行員が5万ウォン札を整理している。/写真=ニュース1
「作品を収蔵している人がこれほど多い作家は私しかいない。誰のポケットを探しても私の作品を持っている。全国民が持っているではないか。私の作品がなければ貧しい」
【写真】李鍾祥教授作『装備』と「独島の日の出」
一浪・李鍾祥(イ・ジョンサン)画伯は生前のインタビューで、自身の作品をこのように紹介した。彼が描いた朝鮮王朝中期の儒学者、栗谷・李珥(イ・イ)は5000ウォン札に、李珥の母親で書画家の申師任堂(シン・サイムダン)は5万ウォン札に、それぞれ収められた。母子の紙幣の肖像画をどちらも描いたわけだ。韓国画を現代的に導いた李画伯が8日に死去した。享年88歳。
1938年に忠清南道礼山で生まれた故人は、ソウル大学絵画科で東洋画を専攻した。大学在学中の1961年、大韓民国美術展覧会に、鍛冶屋の風景を描いた『匠』を出品して特選。さらに3年連続で特選となり、最年少の推薦作家となった。東国大学で東洋哲学を学び、博士号まで取得した。
李さんは伝統を、保存すべき過去の様式ではなく、新しく押し進めていく出発点とみなした。壮紙(厚くて丈夫な紙)や銅釉画(銅板に石の粉などを用いて絵を描き、火で焼き付けて着色する技法)などの伝統的な画材・技法を実験し、韓国の自然と精神を現代的造形言語でひも解いた。人間と自然、宇宙の根源を追求した「源形象」の連作と、伝統山水画を現代の視点で蘇らせた「現代真景」を通じて、韓国画の領域を広げた。西洋美術の後を追わず、自分たちの歴史や材料から現代性を探さなければならないという「韓国美術の自生性」が生涯の命題だった。
李さんにとって紙幣の肖像画も、単なる図案ではなかった。2009年の本紙インタビューで「紙幣は30-50年間使われる国家の共有財産であり文化的価値」だとし、「紙幣には国民の自尊心が込められている」と語った。于勒、広開土大王、元暁大師、張保皐(チャン・ボゴ)など歴史的人物の標準肖像画も多数制作した。1977年からは数十年間にわたり独島を訪れ、岩や波、日の出を描きながら「独島文化植え付け運動」を展開した。
ソウル大学教授とソウル大学博物館長を歴任し、2004年に大韓民国芸術院の会員に選出された。
殯(ひん)所(出棺まで棺を安置しておく場所)は高麗大学安岩病院葬儀場、出棺は9月11日午前8時。
卞熙媛(ピョン・ヒウォン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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