1988年のソウル五輪では、在日韓国人による募金活動を展開し、540億ウォン(同約39億円)を寄付した。アジア通貨危機の際にも、在日韓国人社会での送金運動を主導した。
申相勲(シン・サンフン)前新韓金融社長は「新韓銀の魂を自称するほど人一倍(銀行への)愛情が強かった。歴代大統領の就任式、ソウル五輪やサッカー・ワールドカップ韓日大会の開会式には欠かさず出席するほど、愛国心も格別だった」と振り返った。幼いころから親しかった同い年の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領が死去すると、韓国を訪れるたびに国立墓地を訪ね、墓参したという。
李名誉会長は、韓国の銀行に共通した「融資謝礼金(リベート)」の問題を撤廃することにも尽力した。新韓銀は設立当時から李名誉会長の厳命により、謝礼金を一切受け取らなかった。羅応燦(ラ・ウンチャン)前新韓金融会長は、李名誉会長が「日本のようにクリーンな銀行をつくれ。新韓銀が模範を示せば、他行もついて来る」と話していた、と振り返った。李名誉会長は「財物を失うのは小さな損、信用を失うのは大きな損だが、勇気を失うことはすべてを失うことだ」と普段から行員を奮い立たせていた。
李名誉会長は最近、高齢のため健康状態が悪化していた。新韓金融周辺からは「名誉会長が健康だったならば、昨年の新韓金融をめぐる極度の混乱を招いた最高経営陣の内紛もなかったはずだ」との声も聞かれる。
李名誉会長には、新韓銀傘下の新韓綜合研究所長を務めたスンジェ氏(64)をはじめ、ギョンジェ氏(61)、ユンジェ氏(56)という3人の息子がいる。「焼香所を設けるな」という遺志に従い、葬儀は近親者のみで執り行われた。新韓金融は日本への弔問を行う代わりに、遺族側と協議し、適切な時期に韓国で追悼式を行う予定だ。