格さんがパン職人なら、妻の麻里子さんは店の経営を背負って立つ最高経営責任者(CEO)だ。有機農産物の卸売会社に勤めていた格さんと社内結婚した。天然菌の採取に失敗し、生地が膨らまず、何度も絶望した夫を励まして今の店を支えた。最初のパン屋を開いた千葉県から岡山県へ、そして鳥取県へと移転する際、麻里子さんは「体重がものすごく落ちました。でも、より良いパンやビールを作りたいという夫の夢は壊したくなかったんです」と笑った。
20代後半までジャンクフード漬けで、ほぼ「無職」だったが、学者の父親が渡してくれたマルクスの『資本論』を読んで生き方を変えたという格さんは、パンを通じて地域経済循環・労働循環・技術循環を追求している。自然農法で栽培した穀物、うっそうとした森がくれる木と水で良いパンを作り、誠実な価格で売り、その収益を農家や地域住民に返すという方式だ。十分休息を取らなければ良いパンが焼けないという原則も変わらない。毎週火曜日と水曜日は休業し、従業員には年に1カ月以上の長期休暇を与える。誠実な価格で生産・消費者・従業員・自然の誰からも搾取せずに「生命の様式」をつくるというのが渡邉夫妻の信念だ。
「パンの値段が高いと、金持ちしか食べられないのでは?」と質問すると、格さんは迷わず答えた。「私たちも最初は金持ちばかりパンを買いに来たらどうしようかと心配しました。ところが、うちの店のお得意さんは子育て中の若い夫婦たちなんです。ふさわしい値段の、きちんと作られた本物の食べ物を食べさせたいという信念から、東京からもお客さんがいらっしゃいます。時間と忍耐が必要だと思います。全ての資本が大企業・大都市に流れるのではなく、農民・自営業者・地域の職人たちを生かすことに使われるには、こうした試みを増やすべきだと思います」
別れを惜しんでいると、格さんからうれしい話を聞いた。今月末に韓国に来るという。30日夜7時30分からソウル市内の弘大前「RED BIG SPACE」で、10月1日午後4時から同「想像広場」で読者と対面するイベントが開かれる。