【コラム】「英雄」ペク・ソンヨプたたきの精神構造

 彼らは断片的な事件で全体を規定する。無能な国軍のせいで作戦権が失われたという主張がそうだ。作戦権が6・25戦争勃発直後、統合的作戦遂行のために戦略的に国連軍に委任されたことは学者ならば誰でも知っている。文政権が言う卑怯な敗北とは江原道での「県里の戦い」を指す。当時作戦権の回収は戦闘現場で例外的に認められていた権限にすぎなかった。戦闘は屈辱的だったが、その結果、米軍の集中訓練が実施され、国軍は戦争後半に前線の3分の2を担う強い軍へと成長した。断片的な事件を総合すると、国軍の歴史的な地位は異なってくる。国軍の卑怯さを指摘する勢力の主張は事実の前に崩壊する。真実は69年前に国軍の先鋒として戦った老兵が蓄積してきたからだ。

 ペク・ソンヨプ氏は6・25戦争当時、韓国を守った戦争の英雄だ。ペク氏の功績は民主化以降の理念的混乱の中で出した著書によるところも大きい。1989年に出版した「軍とわたし」だ。それを読むと朝鮮時代の文臣、柳成竜(リュ・ソンリョン)の「懲ヒ録」(ヒは比の下に心)を思い出した。うそと誇張を取り除き、栄光と恥辱を同時に記述した現場と体験の記録だ。懲ヒ録がなかったならば、李舜臣(イ・スンシン)をはじめとする朝鮮の英雄の歴史的存在感は消え去っていたことだろう。明軍を支持し、朝鮮軍を無視した宣祖(ソンジョ)の不釣り合いな世界観は「勇敢な米軍と卑怯な韓国軍」という構図に似ている。6・25戦争で米第8軍司令官を務めたリッジウェー氏とヴァン・フリート氏は「軍とわたし」の序文に「この本のおかげで韓国軍が本分を果たさず、無能だったという残忍で誤った判断を正す証拠が見つかった」と書いた。文大統領がこの本を読んでいれば、ヒマラヤであんな文章は書けなかっただろう。どんな事大主義的歴史観も柳成竜を超えられなかったように、国軍の歴史を歪曲(わいきょく)するいかなる試みもペク・ソンヨプ氏を超えられなかった。最近特定勢力がペク・ソンヨプ氏をたたいているのは、国軍の過去を「黒歴史」に仕立てることに失敗した勢力による狂ったような毒気と言える。

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