(3)北朝鮮は麻薬生産基地を作った
キム氏は、朝鮮労働党傘下の作戦部や海外情報機関である35号室、対外連絡部などでも勤務し、金氏一家の統治資金調達のための事業にも関与した。キム氏は「1990年代の『苦難の行軍』時代に金正日(キム・ジョンイル)の革命資金が底を突いたが、私が3人の外国人を北朝鮮に連れてきて麻薬生産基地を作り、運営した」「氷(覚せい剤を指す隠語)をドルにして金正日の革命資金として納めた」と語った。
労働党作戦部の武器輸出事業もまた、重要な資金源だった。キム氏は「北朝鮮は特殊小型潜水艦、半潜水艦、ユーゴ級潜水艦を非常に先端化してうまく作った」とし「北朝鮮の官僚がイランの参謀総長を呼び寄せて売り込むほど」「北朝鮮は主に、内戦状態が長期間続いている国々へ武器や技術を売った」とも語った。
(4)張成沢粛清後に脱北
BBCは、キム氏が2014年に北朝鮮を脱出した理由について、キム氏は粛清された張成沢(チャン・ソンテク)氏の側近だったからだと解釈した。BBCによると、キム氏は金正恩の叔母(張成沢氏の妻)からもらったベンツを乗り回し、自由に海外旅行ができたという。キム氏が張成沢氏の側近だった可能性を指摘したのだ。キム氏は「(2013年12月の張成沢氏処刑のニュースを聞いて)驚いたという表現を通り越し、驚愕(きょうがく)した」とし「自分はもはや北朝鮮に存在できない人間だな(と思った)」と語った。
キム氏は、BBCのインタビューに応じた理由について「北の同胞を独裁の手から解放するため」とし「私が韓国へ来た後も、北朝鮮には全く変化がない。0.01%も変わっていない」と語った。