【コラム】韓国の警察は「統制」を受けなくてもよいのか

 最近、韓国の警察関連ニュースが伝わる方式には不思議な点がある。今月初め、行政安全部長官が警察庁長候補6人と「1対1」の面接を行ったというメディア報道があった。「警察の独立性と中立性を毀損した」「警察をてなずけた」という説明が付いた。行政安全部は「人事推薦権者である長官が全く面識もない状態で推薦することはできないではないか」と釈明したが、既にかなりのマスコミで「行政安全部が警察を統制しようとしている」という方向性が形成された。論議を呼んだいわゆる「面接」は非公開で当事者しか知らない形で行われたが、どういうわけかメディアにも知らされた。

 24日には警察幹部人事案を巡る出来事が報じられた。金昌竜(キム・チャンリョン)警察庁長は先月24日、治安正監昇進人事の発表前日、行政安全部から「最終案」として昇進者名簿を受け取ったが、翌日発表された最終名簿を見ると1人が入れ替わっていたのだ。機密事項であるこの事実は1カ月後に明らかになった。一部からは警察が有利な世論を形成するため、「メディアプレー」を行ったとの見方が示されている。いずれの報道も警察に有利に働く内容を含んでおり、ごく少数だけが知っていたという共通点がある。

 警察がまさかそんなことはしないだろう。だが、行政安全部が警察に対する「民主的統制」を行うと言いだして以降、こうしたことが起きたという点で誤解されるには十分だ。過去5年間、文在寅(ムン・ジェイン)政権のいわゆる検察改革の余波で、警察は肥大化している。 検察と警察の捜査権調整と検察捜査権完全剥奪立法で、警察が検事から指揮を受けずに独自に捜査を行い、終結できる範囲は大きく拡大した。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権となり、民情首席秘書官室がなくなり、警察を担当する国家機関も事実上皆無の状況となった。2024年には国家情報院の対共捜査権も警察に移管されることになる。

 警察はせっかく拡大した権限を制限されたくないようだ。金昌竜庁長が27日に辞意を表明したのは、そうした意思を示したものだ。しかし、政府のいかなる組織も権限に見合う統制を受けざるを得ない。これまで検察も権限が肥大しているという理由で「改革」の対象になったではないか。 全国の警察の捜査人員は約3万4000人で、検察(全国の検事と捜査官の合計約8300人)の4倍を超える。警察は義務警察などを除いた純粋な警察官数だけで13万人にのぼる巨大組織だ。それでも「ドルイドキング事件」「李容九(イ・ヨング)元法務次官事件」など政治的事件で警察が出した捜査結果はあまりにも不十分で、検察に覆されることが日常だった。

 権限には必ず責任が伴うものだ。 警察が「独立性」を叫びながら、いかなる統制も受けないと言うならば、納得する国民がどれほどいるだろうか。公正に執行される警察の捜査権を政権が官庁を通じて侵害するならば、そのときには国民とメディアが先頭に立って指摘することだろう。

尹柱憲(ユン・ジュホン)記者

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  • ▲李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官(左)は自ら会見。金昌竜警察庁長は休暇入りした。/27日、キム・ジホ記者、チャン・リョンソン記者

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