【萬物相】ゴルバチョフ

【萬物相】ゴルバチョフ

 映画「ロッキー4」は米ソ対決が激しかった1985年の作品だ。米国のレーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだあの当時だ。映画はソ連のボクシング選手を専制主義体制が作り上げた殺人兵器として描いている。またその年に権力を握った当時のゴルバチョフ・ソ連共産党書記長を嘲弄(ちょうろう)した。しかしそれからわずか3年でゴルバチョフ氏の評価は大きく変わった。ゴルバチョフ氏は軍縮、冷戦体制の崩壊、ソ連の改革・開放に乗り出し、欧米諸国の首脳らはゴルバチョフを「ゴルビー」と呼んで歓迎した。英国のサッチャー首相はゴルバチョフ氏を「取引のできる相手」と呼んだ。

 ゴルバチョフ氏はそれまでのソ連の指導者たちとは明らかに違っていた。酔っ払いの父親から暴力を受けていたスターリンとは違い、ゴルバチョフ氏は両親の愛情を存分に受けて育った。自叙伝では妻と娘への愛情を長い文章で表現した。妻のライサ氏が血液のがんで死のうとする時「夫婦げんかの時に私はひどいことを言った」と涙を流して後悔するような夫でもあった。

 ゴルバチョフ氏は「人民の生活を疲弊させる軍拡競争のくびきから抜け出すべきだ」という信念を持ち、妻には「われわれは引き続きこんな形では生きていけない」との考えも伝えた。東欧を衛星国家としたブレジネフ・ドクトリンを破棄し、アフガニスタンからの撤収や冷戦体制の解体などを進めたことも彼の約束を実行に移したものだ。「誰の影響を最も受けたのか」という記者らの質問にゴルバチョフ氏は「ロシア文学」と答えた。またマルクス・レーニン主義については「公式のイデオロギーが食わせてくれる一握りの糧食」と批判した。このような最高指導者をソ連の大衆はとまどいながらも歓迎した。

 ゴルバチョフ氏は「ロシア人の酒好きの悪習も改革したい」としてウオッカの販売と消費を規制したため、国民の怒りを買った。改革・開放に伴う混乱よりも、禁酒法で支持を失ったとされるほど反発は強かった。ウオッカを買う人の列が1キロを超えると、怒った市民たちは「ゴルバチョフを殺せ」とクレムリン宮に抗議に行ったが、帰る途中に「あっちの列はもっと長かった」と口にしたという。当時はやった笑い話だ。

 ゴルバチョフ氏は「ソ連を解体しない変化」を目指したが、予想外の変革のエネルギーに押し流されてしまった。歴史家のトニー・ジャット氏は「悪い政府にとって最も危険な瞬間は自らを改革する時だ」とするいわゆる「トクビルのジレンマ」にゴルバチョフ氏が陥ったと指摘した。「統制を受ける多元主義」と「社会主義的市場」は最初から失敗するしかないというのだ。

 ゴルバチョフ氏が一昨日死去した。冷戦の終息という世界史的な偉業を成し遂げたが、祖国では後ろ指を指されながら逝った。ゴルバチョフ氏は同じ民族により十字架にかけられたモスクワのキリストのような存在だろうか。いずれにしても韓国にとっては北方外交の新たな地平を開いてくれた指導者だった。彼の冥福を祈る。

金泰勲(キム・テフン)論説委員
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) Chosunonline.com>
関連ニュース
関連フォト
1 / 1

left

  • 【萬物相】ゴルバチョフ

right

あわせて読みたい