【コラム】朱子が死んでこそ韓国が生きる

中華の世界観から排除された朱子の子孫たち
中国でも随分前に死に絶えた朱子が、韓国左派陣営では生き生きとしている…あきれてしまう

 儒教の本山たる成均館が秋夕(中秋節。今年は9月10日)前に発表した「茶礼床ガイドライン」を見て、裏切られたと感じた人は多かった。先祖に供える秋夕の茶礼床の膳を巡り、成均館は、膳の品ぞろえは9品を超える必要はないとした。ジョン(肉・魚・野菜などに小麦粉と溶き卵を付けて薄く敷いた油で焼く料理)も焼かなくていいと書いていた。散炙(さんしゃ、焼いた肉・魚)、ナムル、脯(ほ、干し肉)、湯(スープ)からナシにリンゴにナツメ、そしてソンピョン・薬菓に至るまで、5列横隊で膳をぎっしり埋めてこそ礼儀だろうと思っていた人々にとっては「なぜ今ごろ…」という思いだろう。これまで韓国人は、何が理由で「棗(そう)栗(りつ)梨柿」「紅東白西」「左脯右醯(けい)」といったわけも分からない規則に苦しまないといけなかったのか。名節のたびにジョンを焼いて腰の曲がった母や嫁の苦労は何だったのか。

 成均館が説明している通り、儒教の礼書のどこにも、茶礼床をこういうふうに作れという規則はない。「朱子家礼」には、季節の果物と酒一献を供えよ、とあるのが全てだ。簡素に過ごせというのが儒教の礼法なのに、見えを張ろうとする両班(朝鮮王朝時代の貴族階級)たちの欲に便乗し、膳の足が折れるほど盛り付けてようやく満足する韓国型虚礼虚飾へと変質した。儒教文化圏でも、リンゴが東だのナシが西だのとあれこれ言う国は韓国だけだ。唯一韓国でのみ、儒教式の教義が合理性を逸脱し、形式的ドグマに暴走するという事態が起きている。

 中文学者・金経一(キム・ギョンイル)の『孔子死してこそ国が生きる』が雷のような衝撃を与えたのは1999年のことだった。儒教イデオロギーが亡国を呼ぶとする同書は、アジア通貨危機の悲惨な状況の中で激烈な論争を引き起こした。身分秩序と家父長制、血縁・地縁・学縁重視、画一性、女性抑圧、既得権擁護といった儒教的価値が国の発展を妨げるという主張だった。「中進国のわな」に苦しみ、通貨危機に向き合わねばならなかった韓国的病弊に対する痛烈な告発だった。

 しかし、同書の主張には致命的な誤りがあった。東アジア儒教圏諸国が高度成長を実現した事実と矛盾する、という点だった。韓国・中国はもちろん、「四竜」と呼ばれる台湾・シンガポールなども儒教の伝統を基盤とする国だ。高い教育熱、勤勉・倹約の労働倫理、立身揚名の上昇志向といった儒教的価値が東アジアの成功の土台になったことは否定できない事実だ。プロテスタントの倫理が西欧資本主義を胚胎(はいたい)したように、儒教の肯定的効果に注目する「儒教資本主義論」は、また一つの発展理論として認められている。「孔子死すべし」という金経一の荒っぽい挑発は、この事実を無視していた。

【写真】秋夕の茶礼床

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