【コラム】「金日成通り」で糾弾される北朝鮮

 2002年夏、脱北して韓国に行くためカンボジアに到着した記者は、首都プノンペンで「金日成(キム・イルソン)大元帥通り」という表示板を見てとても驚いた。「金日成通り」があるプノンペンから、果たして韓国に行くことができるだろうか…という心配が先に立った。数百人の脱北者が、金日成通りに面した家々に隠れて韓国行きを待っていた。金日成通りは、1994年に金日成が亡くなったことを受けて、当時のカンボジア国王ノロドム・シアヌークがそう名付けた。シアヌーク国王が1970年代初めにロン・ノル将軍のクーデターで国を追われ、それまで行き来のなかった北朝鮮の金日成が平壌に亡命先を提供し、極めて丁重な待遇を行ったことで、カンボジア王室と金日成王朝の密着関係が始まった。

 金日成は、映画好きと評判のシアヌークのために専用の劇場を作り、朝鮮中央テレビなど国営メディアを通して広報戦を繰り広げ、シアヌークを知らない北朝鮮住民はいないほどだ。北朝鮮には、まだシアヌークの豪華な別荘や人工湖が残っている。金正日(キム・ジョンイル)がシアヌークのことを「おじ」と呼ぶほど、両「王家」は家族のように付き合った。さらに、長年の亡命生活を経て1990年代初めにシアヌークがカンボジアに帰国する際、金日成は、よく訓練されたおよそ40人の特殊部隊員を警護兵力として付けてやりもした。親北朝鮮政策を展開したシアヌークのノロドム王家は、1997年に現首相のフン・セン率いる人民党との内戦に敗れて没落し、カンボジアの親北朝鮮政策は廃棄された。フン・セン首相は韓国のセマウル運動と経済復興に好感を持ち、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を「ロールモデル」と見なす人物だ。2010年に哨戒艦「天安」爆沈事件が起きたとき、カンボジアは東南アジア諸国の中で唯一、北朝鮮を批判する声明書を出している。核を持つ王朝・北朝鮮を捨て、自由で豊かな韓国を選んだのだ。

 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は11月13日、カンボジアの首都プノンペンで米国のジョー・バイデン大統領、日本の岸田文雄首相と韓米日首脳会議を行い、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対応する「拡大抑止の強化」を強調する共同声明を採択した。3カ国首脳は「プノンペン声明」で、北朝鮮の挑発を声をそろえて強く糾弾した。尹大統領は同胞懇談会で、12月に発効する韓国・カンボジア自由貿易協定(FTA)で両国間の経済協力が一層深まるものと期待する、と語った。東南アジアの他の国と同様、カンボジアでも「Kポップ」「Kフード」「Kカルチャー」などKの字が入ると人気が高い。これら全てが「金日成通り」のあるプノンペンで流行している。

 かつては東南アジア諸国連合(ASEAN)内の代表的な親北朝鮮国だったカンボジアが親韓政策を推進する中、核開発の暴走を続ける金正恩(キム・ジョンウン)の立地は、東南アジアで次第に狭まりつつある。北朝鮮の東南アジアにおける拠点だったマレーシアは、2017年の金正男(キム・ジョンナム)毒殺事件の後、北朝鮮との外交関係を断った。今や、北朝鮮を歓迎する国を見つける方が難しい。金正恩が引き続き核を抱えて孤立の道を進むのなら、プノンペンの「金日成通り」すら消える日は遠くないだろう。

キム・ミョンソン記者

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  • ▲韓国の尹錫悦大統領が13日(現地時間)、プノンペン市内のホテルで米国のジョー・バイデン大統領、日本の岸田文雄首相と韓米日首脳会議を行っている様子。/写真=NEWSIS

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