「盧武鉉元大統領、貨物連帯スト時に立腹し強硬対応」…2011年出版「文在寅自伝」に記述

文在寅前大統領の著書『運命』に当時の状況
「軍の代替人材投入も検討するよう指示」
その余波で「業務開始命令」作っていた

「盧武鉉元大統領、貨物連帯スト時に立腹し強硬対応」…2011年出版「文在寅自伝」に記述

 韓国政府がトラック運転手の労働組合「全国運送産業労働組合貨物連帯」(貨物連帯)の集団輸送拒否に対し強硬な対応取ったところ、野党・共に民主党は「反憲法的過剰対応」「力で押さえつけようとしている」と批判した。

【写真】貨物連帯ストライキで停まったままのコンクリートミキサー車

 しかし、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領も2003年5月、貨物連帯による集団運送拒否が発生した際、軍の人材を代わりに投入して物流に当たらせることまで検討するよう指示し、強硬に対応した。当時、青瓦台(大統領府)の民情首席秘書官だった文在寅(ムン・ジェイン)氏(前大統領)は2011年に書いた著書『運命 文在寅自伝』で、「当時、(盧武鉉)大統領は貨物連帯が『物流を止めて世の中を変えよう』というスローガンを掲げ、釜山港の輸出入を阻み、主張を押し通そうとしたやり方に激怒した」「私に対して断固たる対応を取るよう指示した上で、軍の代替人材投入も前向きに検討するよう言った」「しかし、釜山港の輸出入貨物の陸路輸送率は絶対的で、鉄道による輸送分担率はいくらにもならない状況で、断固たる対応は不可能だった」「結局、貨物連帯のストは合意・妥結した。言葉こそ合意・妥結だったが、実際は政府が降参したものだった」と述べている。

 さらに、「貨物連帯にとっては大成功だった。社会的地位も高まり、組合員も大幅に増えた」「ところが、その成功に酔ったのか、それから2-3カ月後に2回目のストをした」とも書いている。貨物連帯は同年8月に2回目のゼネストをした。文在寅氏は「苦しい状況(でのスト)だと理解できた1回目とは違い、無理なストだった。政府も温情ばかりで対処するわけにはいかなかった」「法と原則に従って断固として対応しなければならなかった」と述べた。

 2回目のストライキ時、盧武鉉政権は貨物連帯との対話を拒否した。「業務復帰なしには対話もない」というのが理由だった。軽油税補助金の支給を中止し、指導部16人を業務妨害容疑で逮捕して司法処理した。一方、運行車両に対しては高速道路通行料免除などのインセンティブを与えた。これは現政権の対応策とほぼ同じだ。

 結局、2回目のストは内部分裂を起こし、多数の貨物連帯労組員が業務に復帰して16日目にして終わった。盧武鉉政権は翌年、運送拒否者に対する業務復帰を強制できる業務開始命令制を作ったが、これを現政権が発動したものだ。

チョ・ベッコン記者

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