【コラム】米国の小都市にある「惨事追悼の木」

 11月12日、米国コネティカット州の小都市ニュータウンにある緑地に、およそ200人が集まった。サンディフック小学校銃器乱射事件の犠牲者を追悼する公園のオープンを翌日に控えて、遺族や近隣住民が集まって記念行事を開いたのだ。地域の青少年四重奏楽団の演奏を皮切りに、黙とうと出席者らの発言、献花といった順で進められた。

 クリスマスを控えた2012年12月14日、サンディフック小学校に銃器乱射犯が乱入し、児童20人と教師6人の命を奪った。世界が衝撃を受け、憤怒した。事件の現場からそう遠くない場所に造成された公園は、誰でも気楽に立ち寄れる休憩所になった。立ち木の間に砂利を敷いて散策路とし、中心部には円い池を作って、中央に設置した円形の造形物の縁に犠牲者26人の名前を刻んだ。

 追悼公園は、完成までに9年かかった。事件の翌年の2013年秋、市当局と住民・遺族が中心となって追悼公園建設委員会を発足させた。委員らは定期的に集まり、立地や構想、建設予算の調達方法などについて意見をやりとりした。順調な過程ではなかった。当初1000万ドル(現在のレートで約13億9000万円)まで策定されていた建設費用は、住民の意見集約により、当初の40%の水準に調整された。公園の設計作業を率いていた地元の建築家が突然他界するという出来事もあった。

 紆余(うよ)曲折の末に作られた公園で最も目を引くのは、追悼造形物の真ん中に植えられたプラタナスの木だ。追悼公園の建設委員で、銃撃犯に娘を奪われた遺族のジョアン・ベーコンさんが記念の辞で、プラタナス(シカモア、 Sycamore)を選んだ理由を明かした。「シカモアは刑罰(Punishment)のような極度の苦痛にも耐える丈夫な木としてよく知られています。12月14日の残酷な記憶を抱えて生きていかねばならないことは刑罰です。けれどこの木はまた、愛と保護、肥沃の象徴でもあります。木の幹は、彫刻家が熱望する材料です。10年の間、犠牲者26人の家族は愛を込めて木を彫ってきました。愛する人々を記憶し、そして前へ進む道を探すためです」。追悼の意味と共に、より良い社会を作ろうという誓いの意味が込められた植樹、という説明だった。10年前の惨事で息子を失い、児童安全団体「サンディフックの約束(Sandy Hook Promise)」を設立したニコル・ホックリーさんは「緑の葉が茂る木の姿は本当に美しい」と語った。

 惨事に見舞われた地域社会は苦痛に耐え、少しでも善き世の中のため前へと進みつつあり、その中心には子どもの追憶を胸に納めた親たちがいた。悲劇に見舞われた当事者らが悲しみに耐え、追悼し、打ち勝つことができるようにそばで慰め、助けること。そうして悲劇が繰り返されないようにシステムを整備し、補完すること。惨事に見舞われたとき、共同体が見せるべき姿はこういうものだと思う。梨泰院事故の悲劇に見舞われた韓国社会が究極的に進むべき道を、海を渡った先にある米国の小都市に見た。

鄭智燮(チョン・ジソプ)記者

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