1991年の韓国開催ジャンボリーは暴風でテント飛んでも称賛されていた…32年前より大幅に後退した韓国の行政力

 1991年に江原道高城郡で開催された「第17回世界スカウトジャンボリー(以下、高城ジャンボリー)」の予算は98億ウォン(約10億円)、今年、全羅北道扶安郡セマングムで開催された「第25回世界スカウトジャンボリー(以下、セマングム・ジャンボリー)」の予算は1171億ウォン(約127億5000万円)以上だ。セマングム・ジャンボリーの方が単純計算で12倍、物価上昇率を考慮すれば4倍多く使ったことになる。だが、高城ジャンボリーは「1988年のソウル・オリンピックに続く成功」と絶賛されて終わった反面、セマングム・ジャンボリーは「天文学的な額の税金を使って韓国の体面を汚しただけだった」と激しい非難を浴びている。32年という歳月を経て韓国の行政力・準備力がむしろ後退したということだ。

【表】1991年の高城ジャンボリーと2023年のセマングム・ジャンボリーを比較すると

 高城ジャンボリーも蒸し暑い1991年8月8日から16日まで、雪岳山の蔚山岩前にキャンプ地が設けられた。天気は当時も変数だった。開幕式前に大雨に見舞われ、キャンプ開始当初は風雨で全テントの3分の1が倒れるなどの問題が発生した。しかし、関係者らがスカウトのモットー「そなえよ つねに(Be Prepared)」の精神に基づいて問題を解決し、1件の事故もなくジャンボリーを終えた。当時のスカウト隊員たちは「ロッククライミング・パラグライダー・弓などさまざまなプログラムのおかげで時間が経つのも忘れた」「体じゅう汗まみれだったが涼しい海風に当たった瞬間、本当に幸せだった」と手記に書いた。

 準備期間も6年間で同じだった。しかし、注いだ誠意と集中力が違っていた。高城ジャンボリー組織委員長を務めた当時の金錫元(キム・ソクウォン)韓国ボーイスカウト連盟総裁=双竜グループ元会長=は1985年のミュンヘン・スカウト総会で韓国が第17回世界ジャンボリー開催地に決まって以降、「雪岳山のキャンプ地を数え切れないほど訪れ、あらゆる変数を検討した」と語った。当時はスカウト連盟と江原道が両軸となってジャンボリー組織委員会を構成し、韓国中央政府からは体育青少年部のパク・チョルオン長官が施設建設や道路・交通・通信インフラ拡充に当たったため、進行が速やかだった。3拍子がピタリと合い、スウェーデンのカール16世グスタフ国王ら国賓級の人々もキャンプ後、サムズアップした。

 一方、今年の世界スカウトジャンボリー会場となった全羅北道扶安郡セマングムは日陰のない干拓地だ。2017年の開催地決定前、専門家らは猛暑対策を懸念し、「全羅北道に招致するなら、茂朱郡など智異山に近い地域の方が適切だ」と指摘したが、地元政治家らの「セマングム開発のためにはジャンボリー招致が必要だ」という強硬な主張にかき消されてしまった。そしてこの6年間でリハーサルを一度もできないまま、客人を迎えることになった。

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  • ▲1991年8月に江原道高城郡で開催された「第17回世界スカウトジャンボリー(高城ジャンボリー)」のキャンプ地で、パラソルを設置する外国のスカウト隊員たち。写真=聯合ニュース
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