韓国検察が文在寅(ムン・ジェイン)前大統領を娘婿の特例採用疑惑における収賄側の被疑者として捜査対象に含めたことに対し、民主党と文前大統領側は「ほこりたたき」「政治報復」「おかしな詭弁」だと強く反発し、「天を恐れることを知れ」と非難を浴びせた。しかし、文政権時代の内幕を知っている人々は、真逆の意味で検察に不満だ。文前大統領が関与した犯罪疑惑は一つや二つではないのに、検察が今まで何をやってきたのか。今になって、それも数多くの疑惑の中で重大な事案は放置し、最も軽い事件にだけ手を付けたのかということだ。
文前大統領の娘婿が格安航空会社(LCC)イースター航空のタイ子会社に特例採用された疑惑が野党によって指摘されたのは2019年のことだ。イースター航空の創業者である李相稷(イ・サンジク)元国会議員とムン前大統領の不透明な関係を裏づけるマスコミ報道が相次ぎ、内部関係者の暴露もあったが、検察はまともに捜査しなかった。文在寅検察ならばさもありなんだが、政権交代後、尹錫悦(ユン・ソンニョル)検察までもが手をこまぬいてきたことは理解に苦しむ。この事件は今年初め、全州地検が元娘婿と当時の青瓦台関係者に出頭を求めて取り調べを行い、ようやく本格的な捜査が始まった。疑惑が指摘されてからほぼ5年が過ぎていた。
その上、この事件は文前大統領を巡るその他疑惑に比べれば、文字通り「雀の涙」のような事件だ。例えば、文政権の青瓦台が犯した蔚山市長選介入事件は、民主主義の根幹を揺るがし、憲法に反する重犯罪だった。大統領の30年来の友人を当選させるため、青瓦台が総動員で公約を定め、党内のライバルを懐柔し、他のポストを提示して出馬を断念させた。青瓦台の下命を受けた警察は、虚偽の情報でライバル候補を捜査し、投票日直前に家宅捜索を行い、不正のイメージを植え付けた。民主主義国家ではありえない稀代の政治工作だった。
選挙介入は青瓦台秘書室の8部署が役割を分担し、軍事作戦のように進められた。政務首席秘書官室が公認問題を担当し、国政状況室、民政首席秘書官室、反腐敗秘書官室が警察による下命捜査を指揮。社会首席秘書官室と均衡発展秘書官室が公約の作成を支援した。上層部の指示がなければ不可能なことは誰の目にも明らかだった。しかし、尹錫悦検察総長が指揮していた当時の検察は秘書官・行政官クラスを中心に起訴し、任鍾晳(イム・ジョンソク)秘書室長、曺国(チョ・グク)民政首席秘書官には免罪符を与えた。2人を起訴すれば、大統領に飛び火することを懸念して、その下で線引きをしたという分析が広まった。
政権が変わり新証言が出てくると、検察は任鍾晳、曺国の両氏を嫌疑なしとした当初の判断を覆し再捜査を行うことを決めた。しかし、文前大統領は依然として捜査対象から除外された。蔚山市長選介入事件の一審判決に文前大統領の名前が14回も出てくるなど、裁判所も関連性を認めたが、検察は特に捜査姿勢を見せていない。その結果、犯罪の実行役が続々と有罪判決を受けても、それを指示した「本丸」は存在しないという不思議な状況となってしまった。