済州に13年定着していた脱北者は北朝鮮のスパイだった【独自】

「敬愛する金正日（キム・ジョンイル）同志を首班とする革命の首脳部を命でもって死守し、反革命分子らを粛清し…（中略）…固く誓います」

　咸鏡北道穏城郡穏炭労働者区出身のチェ被告（59）は2009年7月、北朝鮮最高の情報・捜査機関かつ対南工作部門である旧国家安全保衛部（保衛部。現在の国家保衛省）の誓約書を書いて小組員（秘密情報員）に正式任命された。チェ被告の「誓い」は11年8月の脱北と韓国亡命で一度は途切れたが、韓国定着から3年後の15年3月、再び保衛部の懐柔によりスパイ活動へとつながった。最終的にチェ被告は今年3月、裁判にかけられた。

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　起訴状で明らかにされた被告の行いを見ると、スパイがどれほどさまざまな手段を用いて暗躍しているかが分かる。人民学校（小学校に相当する義務教育機関）と高等中学校（中学および高校に相当する義務教育機関）を卒業した被告は、30歳になるまで北朝鮮で交換手や農村支援隊員などとして働いた。被告が初めて国境を越えたのは03年1月。平素から親交があった国境警備隊の助けを得て2回か3回、中国との間を行き来し、大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫（キム・ヒョンヒ）の回顧録『いま、女として』、韓国ドラマ・映画・CDなどの購入や商売をしていたが、04年6月に摘発され、「不純録画物聴取および流布罪」で咸興教化所（刑務所に相当）で1年間収監生活を送った。

　チェ被告は出所後、あまりたたないうちに、また捜査を受けているという話を聞いて06年9月に国境を越えた。吉林省や延吉市で稲刈りや子守りをしつつ逃避生活をしていたが、保衛部の誘引作戦にひっかかり、越境罪で逮捕された。07年1月から09年1月まで、会寧市の全巨里教化所で再び2年間服役した。

　満期出所した後、家に戻ったチェ被告を待っていたのは、自分を逮捕した保衛部のエージェントだった。そのエージェントは「大変だったな」といきなり20万ウォン渡し、二人は内縁関係へと発展した。保衛部情報員としての生活が始まるきっかけだった。そのときから保衛部は、被告に無理な情報入手を要求し、随時被告にスパイ容疑をかけて捜査しつつテストしていたという。チェ被告は結局、脱北を決心し、11年8月に国境を越えて中国・ラオス・タイを経て同年10月に仁川国際空港で亡命した。

　チェ被告はハナ院（脱北者定着支援施設）を経て12年3月、済州に根を下ろした。だが保衛部は放っておかなかった。済州暮らしが始まってから3年後の15年3月、北朝鮮に残っていたきょうだいを通して、咸鏡北道保衛部反探処長（反革命分子・スパイ・脱北者の探索責任者）が「われわれと手を組んで働け。私がきょうだいの面倒を見てやる」という提案があり、被告はこれを受け入れた。再び保衛部情報員の道に戻ることになったのだ。

　チェ被告は17年8月ごろ、反探処長から「西帰浦市摹瑟浦邑摹瑟峰に昨年建設されたレーダー基地に行ってレーダー網の半径、高さ、台の高さ、検問所から山の峰までの距離などを確認して報告せよ」という指示を受けた。チェ被告は2回にわたって撮影した基地および付属の建物の写真と動画などを反探処長に送った。その上で「検問所はなく、車はすいすい上っていって、軍人たちの監視哨所はない」「レーダー基地に入る場所は高さ3メートルで、とげの鉄条網が張ってあり、入り口から山の峰までは車で時速20キロで6分ほどかかる」など、細かな内容を北朝鮮に報告した。

　チェ被告は、韓国にいる他の脱北者4人の動向も報告した。済州では、脱北者が営むレストランに偽装就職もした。他の地域の脱北者には「漢拏峰（デコポンのこと。済州の名産物でもある）を贈ってあげたい」とアプローチして報告対象の家や職業などを把握した。

　チェ被告の不審な行動は結局、警察と検察に尻尾をつかまれた。済州地検刑事2部（崔鏞普〈チェ・ヨンボ〉部長検事）は、チェ被告を国家保安法違反（間諜〈かんちょう〉および会合・通信）容疑で在宅起訴した。検察関係者は「被告は北に残してきた家族やお金が理由で犯行に及んだものとみているが、余罪があるかどうか、さらに捜査を進めている」と語った。なお検察は、被告は当初から脱北者を装って保衛部が潜入させたスパイなのではないか、という点も確認中だという。

　保守系の旧与党「国民の力」議員で国会法制司法委員会に所属する朱晋佑（チュ・ジンウ）議員は「軍事施設のセキュリティーなどがいかに脆弱（ぜいじゃく）であるかを示す事件」だとし「平素からスパイ事犯について徹底した対応が必要」と語った。

ユ・ヒゴン記者