過去の歴史問題については、日本の強硬保守の立場と共通していた。神谷代表は「過去の歴史問題をかき回して争うことをやめるべきだ」とし、「日本は謝罪も補償もしてきたので、今は感性が近い隣国として、経済と安全保障などさまざまな分野で連携することが両国にとって有益だ」と語った。
神谷代表は1977年、人口9000人余りの福井県高浜町で生まれた。大学卒業後、教員を務めた後、家業のスーパーマーケットを経営したが倒産。その後は再び教員になり、2007年に政治を志した。神谷代表は「日本は教員とメディアにリベラルが多く、平凡に暮らせばリベラルになる。21歳の時に世界一周をしてから、日本の長所に気づき保守になった」と振り返った。
意外にも一時、韓国への移住を考えたことがあるという。神谷代表は「大学時代にカナダでの語学研修で会った韓国人女性と付き合い、韓国にもよく行った」とし、「当時は韓国で就職して移住しようかと悩んだ」と明かした。神谷代表は「当時ドラマ『冬のソナタ』も見たし、韓国語も少し習ったし、キムチとプルコギは今でも好きだ。国の障壁と互いの夢のために別れた」と続けた。
神谷代表が韓国の予備軍に相当する日本の予備自衛官を10年間務めたのも、韓国の友人の影響だという。神谷代表は「韓国人の知人が『徴兵は本当に嫌だが、それでも韓国国民の義務だ』と言っていたことに刺激を受けた。平和を守るにはそういう行動が重要であり、左翼のように言葉だけで騒いではならない」と持論を展開した。
40代の神谷代表は、日本の首相になることを夢見ているかを問うと、「私は性格上、首相には合わないスタイルだ。何でも言いたいことは言ってしまい、冗談を言うのも好きだ。厳しい顔で厳しい話をすると息が詰まる。毎日そんなストレスを受ける首相は私には合わない」と答えた。
東京=成好哲(ソン・ホチョル)支局長