【ソウル聯合ニュース】1980年代、韓国の女子バスケットボール界で「熱血監督」として名をはせ、日本でWリーグのJALラビッツ(現新潟アルビレックスBBラビッツ)などでヘッドコーチを務めた林永甫(イム・ヨンボ)さんが23日、老衰のため死去した。92歳だった。
1933年9月に現在の北朝鮮南西部、海州で生まれ、朝鮮戦争では北朝鮮兵として従軍。捕虜となり、韓国で休戦を迎えた。実業団で選手生活をした後、負傷で引退し、指導者の道に。多くの実業団を指揮し、韓国代表チームも率いた。
98年にJALラビッツのヘッドコーチに就任し、当時3部リーグだったチームを2005年には全日本総合選手権で優勝するまでに育てた。JALラビッツの優勝は映画や小説にもなるほど大きな反響を引き起こした。
13年には79歳で山梨クィーンビーズのヘッドコーチに就任し、話題となった。
日本の高校でもアドバイザーなどを務めて、育成に尽力した。