姜琪正(カン・ギジョン)光州市長が中国訪問中、中国人民解放軍の軍歌や朝鮮人民軍の行進曲を作曲した鄭律成(チョン・ユルソン、1914〜1976)の遺族と会ったことを巡り、地元の保守市民団体が反発している。
鄭律成公園整備廃止市民連帯など38の団体は16日、光州市庁前で記者会見を開き、「姜市長は鄭律成記念事業の再推進に向けたあらゆる試みを即刻取りやめ、鄭律成像の復元、歴史公園整備の動きを全面的に中止すべきだ」と主張した。
姜市長と金丙乃(キム・ビョンネ)光州市南区庁長は今月9日、北京で鄭律成の娘、鄭小提(チョン・ソジェ)氏、孫の鄭ゴムボン氏と面会した。姜市長は「鄭律成は中国で偉大な音楽家として尊敬され、韓中両国をつなぐ象徴的な存在として記憶されている。光州は鄭律成の故郷であり、彼の音楽と精神が韓中友好・交流の資産として継承されることを願っている」と述べた。
市民連帯は「姜市長は任期が1カ月も残っていない状況で7日から5泊6日の中国出張に出かけた」とし、「我々は今回の訪中を鄭律成像の復元と歴史公園整備事業を中国からのパンダ誘致と引き換えにしようとする試みとみている」と指摘した。
姜市長は北京動物園も視察した。ここにはパンダを含む約300種類の貴重な野生動物が飼育されている。 このため、光州市が鄭律成の胸像を復元するなど、中国との友好関係を強化し、光州の梧峙動物園にパンダを誘致しようとしているのではないかとの見方が出てきた。
光州市と南区は2008年に鄭律成の生家がある楊林洞の街路名を「鄭律成通り」に変更するなど、鄭律成記念事業を行ってきた。 中国人観光客を誘致する狙いだった。
09年には鄭律成通りに胸像も建立した。 南光州青年会議所が中国の広州市海珠区人民政府から寄贈されたものだ。 しかし、23年10月に教会の伝道師が胸像にロープを結び、車で引き倒して破損した。
23年、光州市が東区不老洞に鄭律成公園の整備を決めたことで表面化したイデオロギー論争が原因だ。中国の戴兵・駐韓大使は今年2月6日に姜市長と会い、「中国では大韓民国臨時政府などの抗日遺跡を適切に管理・保存しているのだから、(損傷した)鄭律成の胸像を復元してほしい」と要請していた。
市民連帯は姜市長に対する公開質問状で、姜市長の訪中過程で中国政府や鄭律成の遺族と協議した内容を光州市民と国民に明らかにするよう要求し、「光州市が鄭律成記念事業を推進した名分である中国人観光客がどれだけ増え、誘致できたのか、客観的な資料も公開すべきだ」とした。
鄭律成は日本の植民地統治下にあった光州で生まれ、1933年に中国に渡り、中国共産党に入党。代表作である「中国人民解放軍行進曲」などを作曲。1945年に韓半島に戻ると「朝鮮人民軍行進曲」などを作曲した。韓国戦争(朝鮮戦争)中に中国に戻り、中国籍を取得して、音楽事業に従事した。
光州=チン・チャンイル記者