多くの事情を抱えたこの仏像が、韓日両国の未来を開くことができるだろうか。日本から韓国へと密かに持ち出されたものの、長期間の所有権争いの末に昨年、13年ぶりに日本へ返還された高麗時代の仏像が、展示場の導入部で観客を迎える。仏像の後ろには、対馬の海を撮った写真が大きく掲げられている。「あの小さな島々の間に広がる海路を通じて、遠い昔、韓半島から仏像が対馬に伝来した」という説明だ。
対馬の観音寺に返還された、14世紀の高麗仏「観音菩薩坐像」が、日本の博物館の展示に登場した。福岡県の九州国立博物館で7日に開幕する特別展「九州渡来仏」でのことだ。この仏像が対馬を離れ、日本国内で公開されるのは初めてだ。同博物館は「仏教はおよそ1500年前、韓半島の百済(くだら)を通じて日本に伝わり、韓半島や中国で制作された華麗な仏像や仏画も日本に伝えられて、礼拝の対象として大切に祀られた」とし、「海を渡って伝わったという意味で、近代以降『渡来仏』と呼ばれるようになった」と紹介した。今回の展示には、韓半島や中国から対馬など九州各地に伝わった「渡来仏」40点が出品されている。
展示のスタートかつハイライトとなるのが「観音菩薩坐像」だ。かつて、韓国人窃盗団が対馬から2点の仏像を盗み、2012年に韓国へ密かに搬入した。もう1点の「金銅如来立像」は2015年に対馬の海神神社に返還されたが、この観音菩薩坐像は忠清南道瑞山の浮石寺が「もともと我が寺の仏像なので返してほしい」と要求したことで、所有権を巡る争いが始まった。浮石寺は、仏像の内部から「1330年、高麗の瑞州(瑞山)浮石寺でこの仏像を作った」という記録物が見つかったことを根拠に、「倭寇に略奪されたものだから、元の所有者である浮石寺に返還すべきだ」と主張し、一審の裁判所はこれを受け入れた。しかし二審は観音寺の所有と判決し、大法院(最高裁判所)も2023年10月、「仏像が高麗時代に倭寇によって略奪され、日本へ不法に持ち出された蓋然性があるというだけで、観音寺の仏像所有権の時効取得が排除されるとみることはできない」と最終判決を下した。一定期間、問題なく占有していたのであれば所有権が移転したとみなす「取得時効」の法理に基づき、観音寺に所有権があると判決したのだ。その後、浮石寺は仏像を対馬へ送る前に百日間の法要を営み、仏像は昨年5月に観音寺へ返還された。
九州国立博物館は、この仏像が「韓国と日本をつなぐ慈悲と救いの心」であると紹介した。6日の報道陣向け公開に立ち会った観音寺の田中節孝(せっこう)前住職は「韓国では過去に奪われた仏像という認識が広く定着しているが、渡来仏が伝播した経緯には戦争だけでなく、交易や交流もある」とした上で、「未来の世代では、この仏像に込められた祈りの心を両国が共に守り、保存していこうという考えがより広く普及することを願う」と語った。
普段は寺の外に出ることが難しい仏像や仏画が、多数出品された。14世紀の兄弟高麗仏「菩薩坐像」は、それぞれ島根県出雲市と福岡県糸島市に離れて安置されていたが、今回の展示で再会を果たした。頭巾を被った11世紀高麗時代の「地蔵菩薩遊戯坐像」、個性あふれる赤ん坊の仏像「誕生釈迦仏立像」も、見逃してはならない名品だ。
ただ、「渡来仏」の意味があいまいで、一部の展示内容にも物足りなさが残るという評価も出ている。出品作を観察した複数の韓国国内の仏像専門家は、「渡来仏とは単に海を渡った仏像ではなく、日本に仏教を伝播し、悟りを伝えた仏像という意味があるが、当時倭寇の本拠地であった対馬に、贈り物や寄贈などの正常な経路で仏像が渡った可能性は高くない」とし、「これらの仏像が日本にどのような経緯で由来したのかという経路には一切言及せず、渡来仏として一括りで説明したのは安易な見方だ」と指摘した。
展示を企画した九州国立博物館の大澤信学芸員は「仏様を祀る祈りの心に国境はないという思いで準備した展示」とし、「対立ではなく、再び新しい交流をつなげていこうという意味で企画した。日本で渡来仏をテーマにした展示は初めてであり、これほど多くの渡来仏を一堂に集めた展示も初めてなので、韓国からも多くの方に来ていただき鑑賞してほしい」と話した。8月30日まで。