「永遠の4割打者」白仁天・元LG監督が死去…野球界に広がる追悼の動き

 韓国プロ野球で唯一の「4割打者」である白仁天(ペク・インチョン)元LG監督が15日午前、死去した。享年83歳。

 1962年に日本プロ野球の東映フライヤーズ(現・日本ハムファイターズ)に入団した白さんは、1981年まで20シーズンにわたり計1969試合に出場し、打率.278、1831安打、209本塁打を記録した。75年の太平洋ライオンズ(現・西武ライオンズ)では打率.319でパシフィック・リーグの首位打者に輝いた。

 82年に韓国プロ野球が発足すると、MBC青竜の初代監督兼選手としてプレーした。不惑の年齢で記録した打率.412は、44年が過ぎた現在に至るまで破られていない韓国プロ野球唯一の4割台だ。84年の三美スーパースターズを最後に、23年にわたるプロ選手生活を終えた。指導者としても大きな足跡を残した。90年に新たに発足したLGの初代監督を務め、「魂の野球」を掲げて創設初年度にチームを韓国シリーズ優勝へと導いた。その後、サムスンやロッテでも指揮を執った。

 野球場外での人生は順調ではなかった。97年のサムスン監督時代に初めて脳血管疾患で倒れた後、4回にわたり脳梗塞と脳出血を患い、長い闘病生活を続けた。円満でなかった家庭事情や、知人から詐欺に遭ったことなどで、経済的な困難も経験した。

 韓国野球に大きな足跡を残した白さんの死去に、野球人たちの哀悼が続いた。日本プロ野球の伝説である張本勲(86)は「韓日国交正常化以前に日本プロ野球に飛び込んだ開拓者だった」と回顧した。サムスン時代に白さんの指導を受けてホームラン打者へと生まれ変わった李承燁(イ・スンヨプ)元斗山監督は「私をあらしめてくれた方」と語り、「最も尊敬し感謝している監督」と故人を偲(しの)んだ。殯(ひん)所(出棺まで棺を安置しておく場所)が設けられた忠清南道天安の檀国大学病院葬儀場には、野球人たちの弔問の列が続いた。15日には韓国プロ野球の全球場でも、試合に先立って選手団が故人を偲んで黙とうを捧げた。葬儀は17日、KBO(韓国野球委員会)葬として執り行われる。

ヤン・スンス記者
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  • ▲最後の打席へと旅立たれた… 去る15日、蚕室球場で行われたプロ野球のLG対SSGの試合に先立ち、LGの捕手・朴東原(パク・ドンウォン)=背番号27=など選手たちが故・白仁天元監督を追悼している。/写真=聯合ニュース

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