20年前、ヒマラヤの小さな王国ブータンを訪れたことがある。国政指標を国内総生産(GDP)ではなく国民総幸福(GNH)にした平和な国だった。取材中に驚くべき事実を一つ聞いた。全国民が山の頂に存在する時限爆弾に怯えているというのだ。1994年、標高4400メートルのルゲ氷河湖が決壊して国宝級の寺院を襲い、21人が命を落とす悲劇があったせいだった。それよりさらに危険なトルトミ氷河湖を常時監視し、「氷河湖決壊洪水(glacial lake outburst flood/GLOF)」という災いと戦っている最中だった。この湖が決壊したら、わずか4時間で毎秒1万6000立方メートルの水流が押し寄せ、1200棟余りを飲み込むだろうという。
「氷河湖発の洪水」は、温暖化によって水かさが増し、氷河湖の自然堤防が決壊して瞬く間に流れ落ちる現象だ。雨音さえない晴れた日にも突然やってくることがある。はるか遠い山の上から始まった激流が、轟音が響いた直後に時速数十キロで渓谷を伝って突進する。氷や岩、土砂を引き連れて下り、集落を瞬く間に飲み込んでしまうため、「山から降り注ぐ津波」と呼ばれる。
ネパール・チベット国境のラスワ郡の惨事も大きく違ってはいない。専門家らは、上流からの氷と岩が川を塞いで巨大な「天然ダム」を作り、これが水圧に耐えきれず爆発するように決壊してしまったのだと言う。外信に「空は一滴の雨も降っていなかった」と伝えた住民の証言通り、高山地帯の岩盤と氷河が一挙に崩れ落ちた一種の地滑りのような「岩氷地滑り」と診断したのだ。4000人余りが犠牲になった1941年のペルー・アンデスの歴史上最悪の惨事や、2021年にインドのウッタラーカンド州で200人余りが犠牲になった事態のように、氷河の悲劇は止まっていない。
氷河を頂いて暮らす国々は、非常態勢で山の頂を監視している。スイスはアルプスの氷河湖の水位を下げるために排水トンネルを掘り、ブータンは4年にわたる死闘の末にトルトミ氷河湖の水位を3.68メートル下げ、ネパールもやはり堤防を少しずつ崩して水を抜いている。しかし、ヒマラヤだけでも氷河湖が数万個あり、人間のその場しのぎの処方箋が届かなかったり、危険度すら把握されていない場所の方がはるかに多いという。
ますます深刻化する気候変動は、「洪水は豪雨の時に起きる」という常識さえ崩壊させた。温暖化を招いたのは炭素を湯水のように使った低地帯の文明社会だが、その代償は山間奥地の住民たちが全身で払っている。晴れた空でさえ安心できない時代、ヒマラヤの山裾の氷河湖は、人類の貪欲が自ら招いた災いが、いつでも顔を変えて襲いかかってくる可能性があることを警告している。