鈍行列車の思い出【萬物相】

 大学生だった1987年の夏、当時最も遅い鈍行列車だった「ピドゥルギ(鳩)号」に乗って、大田から釜山まで旅行したことがある。列車の時刻表には確かに6時間ほどかかると書かれていたが、実際に乗ってみると10時間以上かかった。セマウル号なら2時間半、今の高速鉄道なら1時間半で行ける距離だった。釜山に到着した時は、文字通りクタクタになった。

【図】ムグンファ号の古い車両

 ピドゥルギ号は目的地に行く途中にあるすべての簡易駅で停車した。その度に風呂敷包みを背負ったおばあさんや、学生鞄を提げた学生たちが乗り降りした。上位の列車である統一号やムグンファ号、セマウル号が通過する度に先に行かせるため、待機時間も飴細工のように間延びした。その代わり、人間観察を存分に楽しめた。エアコンがなく開け放たれた車窓の外には、セマウル号に乗っていたら気づかずに通り過ぎていたであろう世間の風景がのんびりと広がっていた。

 鈍行列車にまつわるあれこれの事情は、韓国の大衆歌謡が好んで歌う素材だ。「元気でな、俺は行く、別れの言葉もなく」で始まり「あぁ~ 引き止めても振り切る木浦行きの鈍行列車」で終わる『大田ブルース』は、駅で恋人との別れを惜しむ心を込めた。ハン・ヨンエは『鈍行列車』で「故郷へ向かうこの気持ち、この汽車は知っているだろう」と歌った。2015年、ある放送局のプロデューサーが安東駅をスケッチしていたところ、偶然出会った2人の女子大生と「10年後、ここでまた会おう」と約束した。昨年、3人のうち2人が約束通り安東駅に現れ、残りの1人は海外から連絡をしてきたというエピソードが話題になった。

 高速鉄道ができる前、韓国の汽車の序列はセマウル号、ムグンファ号、統一号、ピドゥルギ号の順だった。庶民の足と呼ばれていたピドゥルギ号と統一号が、それぞれ2000年と2004年に廃止された。今はムグンファ号が、遅い代わりに安価な鈍行列車の機能を担っている。老朽化により2028年に廃止予定だったムグンファ号の引退が、2030年以降に延期されたという記事が本紙に掲載された。施設は古くなり、利用客の不便も大きいという。

 スピードが最大の長所だったセマウル号は、さらに速い高速鉄道が登場すると、2006年に歴史の裏側へと消え去った。一方、遅くて不便な当のムグンファ号は、依然として利用客が少なくない。市外バスよりも価格が安く、高速鉄道がカバーできない中・短距離駅の輸送も担っている。しかし、このような現実的な必要性だけが全てではないという。ゆっくり走る汽車だけが与えてくれる余裕とロマンを求める情緒的な需要が、ムグンファ号を支えているのだ。目的地に向かうスピードが人生の全てではない。私たちの人生には、一息つける句読点も必要だという事実を、ムグンファ号が噛み締めさせてくれる。

金泰勲(キム・テフン)論説委員
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  • ▲イラスト=李撤元(イ・チョルウォン)

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