北朝鮮とロシアが豆満江に両国を自動車で直接行き来できる橋を建設し、7日に開通式を行った。この橋には、かつて金日成(キム・イルソン)主席の命を救ったソ連(現ロシア)軍将校の名前が付けられた。ロシアとウクライナの戦争をきっかけに、軍事的に緊密化している両国が、国内外に協力関係をアピールしたものだという解釈が出ている。
【写真】1984年、ソ連のノヴォシビルスクで、金日成主席が自分の命を救ったソ連軍将校のヤコフ・ノビチェンコ氏
ロシアのタス通信などによると、この日開通式が行われた自動車橋は往復2車線で、北朝鮮の羅先とロシアのハサンを結ぶ。橋梁の連結区間を含めた橋の全長はおよそ5キロ、橋梁本体の長さはおよそ1キロだ。国境検問所が本格的に稼働すれば、一日に車両300台(約2300人)が通行するものと予想される。橋の新設は、2024年6月に平壌で開催された北朝鮮とロシアの首脳会談での合意事項である。ロシアのミハイル・ミシュスチン首相は「ロシアと北朝鮮をさらに緊密に連結する初めての直通自動車道路」とした上で「ロシア極東地域の貿易・経済協力を拡大する、すばらしい機会を提供するだろう」と述べた。
両国はこの橋を「ヤコフ・ノビチェンコ橋」と名付けた。ヤコフ・ノビチェンコ氏は1946年3月1日、平壌駅の広場で行われた三一節(独立運動記念日)記念イベントで警備業務を担当していたとき、金日成主席に向かって飛んできた手りゅう弾を体で防いだ。当時、金日成暗殺作戦を遂行していた右翼団体「白衣社」のメンバーが投げた手りゅう弾だった。ヤコフ・ノビチェンコ氏は片腕を失い、目を負傷したが、命は取り留めた。金日成主席は1984年、ヤコフ・ノビチェンコ氏に北朝鮮の最高栄誉の一つである「努力英雄」の称号を授与した。
ヤコフ・ノビチェンコ氏は、北朝鮮ではすでに国家的英雄と呼ばれている。1985年にはヤコフ・ノビチェンコ氏の話をテーマにした北朝鮮とソ連の合作映画『永遠なる戦友』が制作され、1987年にはヤコフ・ノビチェンコ氏が手りゅう弾を防ぐ瞬間を彫刻にした記念の像が平壌に建てられた。ヤコフ・ノビチェンコ氏一家は平壌に何度も招待され、金日成主席と対面したことが知られており、ヤコフ・ノビチェンコ氏が1994年に死亡した後も、北朝鮮はロシアとの友好関係を強調するたびに、ヤコフ・ノビチェンコ氏を親善のシンボルとして前面に出している。今回の開通式でも、ヤコフ・ノビチェンコ氏が生前乗っていた赤い乗用車(ザポロージェツ)を、ヤコフ・ノビチェンコ氏の孫であるニコライ・シェルビツキー氏が運転し、ロシア側の車列を率いた。