8月末から中国・湖南衛視(湖南衛星テレビ)の午後8時のゴールデンタイムに放送中のドラマ『後西遊記』には、人間の俳優が一人も出演していない。花果山を駆け回る孫悟空やサルたち、雲の上の天宮、数千人の軍隊や山脈に至るまで、すべて人工知能(AI)が作成した。登場人物が階段を昇る時は手ぶらだったのに、次のシーンで突然杖を持っているといったような「NG」も目につく。それでも初回放送で中国の省級衛星テレビの同時間帯視聴率1位を記録した。制作会社芒果TVの親会社芒果超媒(Mango Excellent Media)の株価は、放送当日と翌日の連続で20%のストップ高を記録し、時価総額が100億元(現在のレートで約2280億円。以下同じ)以上も膨れ上がった。
【写真】中国・湖南衛星テレビで放送中のAIドラマ『後西遊記』
ソーシャルメディアを中心に拡散していたAI長編ドラマが、「主流の舞台」であるテレビのゴールデンタイムに進出したのは今回が初めてだ。明清時代の同タイトルの小説を脚色した『後西遊記』は全30話で、1話あたりの長さはおよそ40分。企画から初放送までにかかった期間はわずか3カ月だった。中国の長編ドラマが通常、企画や撮影、ポストプロダクション、審査を経て放送されるまでに1-2年かかるのと比較すると、制作期間が極端に短縮された。総監督の李東珅は「1話あたりの制作費が約90万元(約2050万円)で、1分あたり2万-3万元(約46万-68万円)」と明らかにした。既存の商業用アニメーションシリーズの制作費の10分の1にも満たない。
第3話に登場する3分間の戦闘シーンは、従来のコンピューターグラフィックス(CG)方式で作れば400万-500万元(約9100万-1億1400万円)かかるが、AIを利用した制作費は2万-3万元だという。検閲のハードルが高い中国のドラマ業界において、AIを利用した映像は修正が容易という点も強みだ。
中国のショートドラマ市場では、AIドラマがすでに主流となっている。中国ウェブ視聴覚プログラムサービス協会(中国網絡視聴節目服務協会)によると、今年第1四半期に公開されたショートドラマ12万8000本のうち、AI作品は95%(12万2000本)に達した。これに伴い、中国南部の都市では300-400人の「抽卡師(カード引き師、チョウカース)」たちが巨大なネットカフェのような空間に集まって働く「AI工場」が増えている。「抽卡師」とは、AIにプロンプト(命令語)を入力して映像を作った後、使い物になる成果物を選り分ける人を指す新造語だ。制作会社からシナリオや絵コンテが渡されると、彼らはAIツールを使用して割り当てられた「シーン」を抽出する。制作会社の映像企画やシナリオ作業にはAnthropic社のClaude(クロード)のような高性能な米国のAIモデルが使われ、映像を大量生成する際にはByteDance社のSeedance(シーダンス)が主に使われているという。
一方で、既存の映画やドラマの制作人員の仕事は減少している。中国の『21世紀経済報道』によると、中国の中堅俳優の出演料は以前の半分程度に下落し、照明・衣装・撮影スタッフの仕事も減少した。
もちろん、AIドラマが乗り越えなければならないハードルも多い。『後西遊記』では、シーンごとに人物の表情が微妙に変わったり、手や小道具が突然変わったりする姿がたびたび見られる。中国のあるテック業界の投資家は「制作費と時間の削減に成功した中国の映像コンテンツ業界は今後、どれだけ完成度の高い作品で視聴者を惹きつけられるかをめぐって競争することになるだろう」と述べた。