【コラム】いわゆる「民主化運動」をやったという人々の勘違いと傲慢

文在寅も
東義大事件関係者も
「旺載山事件」のスパイも
「民主化証書」を受け取った
計9800人余り
補償金総額1100億ウォン…

 北朝鮮の対南革命路線に同調して親北・反米活動をしたり、裁判所から利敵団体だとの判決が出たりした組織のメンバーたちも、ほとんどが「民主化証書」を受け取った。特に、1980年代の学生運動は北朝鮮の金日成(キム・イルソン)主席の主体思想や社会主義革命理論を根幹としていた。李明博(イ・ミョンバク)政権時は、国家情報院が久しぶりにスパイ組織を摘発したことがあった。いわゆる「旺載山事件」(2011年)だ。情報技術(IT)開発業者らが北朝鮮の指令を受けて10年余りスパイ行為をしていた事件である。このうち2人は金大中政権時代に「民主化運動関連者」と認定された人物だった。それぞれ420万ウォン(約40万円)と1400万ウォン(約130万円)の補償金を受け取っていたという。

 振り返ってみると、1980年代は若者の情熱と理念に関する書籍数冊で進路の座標をとった代だった。2回収監された大学の後輩は「当時は民主化運動をしたと思っていたが、実情は時代錯誤的なイデオロギー闘争で、歴史を後退させた」と語った。その世代がもう少し賢明で良心的だったら、時代遅れの理念により韓国社会を封じ込めた自分たちの責任についても省察していたことだろう。

 もちろん、民主化の過程で、より多くの情熱と献身、犠牲をささげた人々もいる。大衆の前に立つ名望家も幾人かは必要だった。しかし、民主化は「経済発展」という基盤においても可能だった。第五共和国時代に中産層が広く形成されたからだ。経済に余裕ができると、政治民主化の欲求も噴出した。権威主義体制ではもはや抑えきれないことを、当時の政権も分かっていた。1987年の大統領直選制改憲は「ネクタイ部隊」に象徴される多数の一般市民たちが街に出て手に入れたものだ。

 それでも1980年代の学生運動家たちは、今もその民主化を自分たちの功労のおかげだと勘違いしている。そういう集団が北朝鮮政権民主化要求を最も怖がっているというのも皮肉だ。年月が過ぎれば過ぎるほど、彼らは排他的な権力集団となり、ついには正義と公正の反対側で「民主化特権階級」を形成するようになった。仲間同士で大喜びして祝い合っていることだろう。

崔普植(チェ・ボシク)先任記者

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