北朝鮮の故金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男、金正男(キム・ジョンナム)氏の暗殺は、金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長の命令によるものだった可能性が高い。韓国政府当局者は14日、「いくら政治的な影響力がないとはいっても、末端の工作部門が『白頭の血統(北朝鮮ロイヤルファミリーの血統)』を消すのは抵抗がある。理由ははっきりしないが、金正恩氏が金正男氏の暗殺を最終許可したはずだ」と述べた。その過程では、金正男氏に対し金正恩氏が感じてきた「血統コンプレックス」とライバル意識が大きく作用したとみられる。特に金正恩氏は韓米が「ポスト金正恩」に言及するたびに自分に取って代わる人物として挙げられる金正男氏の存在を嫌っていたとみられる。北朝鮮の政権内部にある反体制勢力が金正男氏と連携していた可能性もある。

 安全保障部門の関係者は「金正男氏は金日成(キム・イルソン)、金正日と続く金王朝の嫡子だ。金正日の庶子で正統性をめぐる強いコンプレックスを持つ金正恩氏としては目の上のたんこぶのような存在だった」と分析した。金正恩氏が潜在的なライバルを除去するために腹違いの兄を暗殺するという極端な選択を行ったとの見方だ。

 幹部出身の脱北者Aさんは「政権の座に就いて5年間、ずっと『血の統治』をしてきたにもかかわらず、金正恩氏にはまだ不安が垣間見える」と話した。

 金正恩氏が金正男氏に危害を加える可能性は、2009年初めに金正恩氏が金正日総書記の後継者に内定した直後から指摘されていた。当時金正日総書記は08年に脳卒中で倒れて回復して以降、後継問題に悩み、金正恩氏を後継者に指名した状態だった。ひとまず後継者争いで金正男氏は敗れた格好だったが、火種は残っているとの見方も多かった。北朝鮮消息筋は「金正男氏は金正日氏の視線から外れ、海外を転々とする身だったが、依然として北朝鮮政権ナンバー2と呼ばれた金敬姫(キム・ギョンヒ)氏(金正日氏の妹)、張成沢(チャン・ソンテク)氏(労働党行政部長)夫婦が後見人だった。北朝鮮内部には金正男氏に追従勢力が少なくなかった」と振り返った。

 この時期、金正男氏は日本のメディアなどのインタビューに対し、「父(金正日氏)の3代世襲には反対だった」「北朝鮮は今、先軍(軍事優先)政治をやるのではなく、改革開放に関心を持つべき時だ」などと後継者・金正恩氏を標的にした発言を相次いで行った。北朝鮮の偵察総局は10年、北京に滞在中の金正男氏を暗殺するために工作員を送ったが未遂に終わったとされる。外交筋は「中国当局は当時、『中国国内ではそんなことをするな』と警告した」と話した。

 金正男氏の暗殺をめぐっては、金正恩氏が北朝鮮内部の親中勢力をけん制しようとしたのではないかとの分析もある。外交関係者の間では、中国が金正男氏を保護してきたというのが定説だ。中国が北朝鮮でクーデターなどの緊急事態が生じ、「指導者不在」となった場合の「予備カード」として、金正男氏をとらえていたとの説だ。実際に金正男氏は中国に出入りする際、警備が付くなど中国当局から特別な便宜提供を受けていた。過去5年間、絶対的権力の構築に全力を挙げてきた金正恩氏にとっては、中国当局が金正男氏を保護し、「万一の事態」に備える状況は不都合だったとみられる。韓国政府当局者は「金正恩氏が13年に叔父に当たる張成沢氏を処刑したことも中国と北朝鮮の親中派に対する警告とみられる」と述べた。金正男氏の後見人だった張成沢氏は北朝鮮内の親中派有力者だった。

 金正男氏暗殺の可能性が本格的に指摘されたのは11年12月、金正日氏が死去し、金正恩氏が政権の座に就いてからだ。安全保障部門関係者は「平壌を引き継いだ金正恩氏が後の憂いをなくすために金正男氏を消すのではないかといううわさが周期的に流れた」と指摘する。身辺の危険を感じた金正男氏は金正日氏の葬儀にも参列できなかった。特に金正男氏の後見人だった張成沢氏が13年12月に処刑されたことで、金正男氏に対する保護が消滅したとの見方があった。

 金正男氏と金正恩氏は一度も会ったことがないとされる。しかし、金正男氏に対して金正恩氏が感じていた劣等感は相当だったとみられる。金正男氏は金正日氏の最愛の妻、成恵琳(ソン・ヘリム)氏との間に生まれた長男で、幼いころから祖父(金日成氏)と父親の愛情を独占した。一方、金正恩氏は北朝鮮で「二等市民」扱いされる在日僑胞(在日朝鮮人)出身の舞踊家、高英姫(コ・ヨンヒ)氏の子であり、今でも母親の存在を北朝鮮住民に説明できずにいる。金正恩氏が政権に就いて以降、とりわけ「白頭の血統」を強調したのも「血統コンプレックス」のためだと言われている。

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