英国の小説『失われた地平線』に出てくる「シャングリラ」は架空の理想郷だ。豊かで快適なユートピアとして描かれている。しかし、「ヒマラヤ8540メートルの雪山にピンでとめた花びらのように優雅な僧院」という具体的な描写のため、「実際のシャングリラはこっちだ」という主張が相次いだ。中国は雲南省のある地域の正式名称を「シャングリラ市」に定めた。ヒマラヤに近いホテル・レストラン・店に付けられた名前もシャングリラが多いが、すべて「自称」だ。

 人々が「あれこそ本当のシャングリラだ」と名指しする地域が登場したのは最近のことだ。ヒマラヤの小国・ブータンである。物質で埋めることができない精神の幸福を国是とする国、所得は少ないが無償教育・医療で国民を大切にする国、機械よりも人を大事にし、信号機すら使っていない国、自然環境と文化を優先して考え、外国人観光客さえも選別して受け入れる国…。「世界で一番幸せな国」として有名になると、世界の人々の好意的な視線がブータンに注がれた。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領がヒマラヤを歩いてブータンに行ったのは昨年7月のことだった。ひげを蓄えた当時の写真を見ると、悟りの境地を追い求める修行僧のようだ。2週間にわたり、そこで政府の官僚や学者に「幸せ」に関する話を聞いたという。その後ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の「フェイスブック」に「国民を幸せにできないなら政府の存在価値はない」と書き込んだ。国民総幸福量(GNH)の指標を国の政策基準にしたブータン国王の言葉だ。

 韓国のあるメディアが「文在寅氏が大統領に当選して初めて電話した相手はブータンの首相だった」と報道したが、そうした事実はないという。だが、ブータンという国があらためて注目の的となった。もちろん、ブータンが韓国のモデルになることはあり得ない。ブータンは人口が少ないし、土地も小さい。それに、物質的欲望や不平を抑える強い宗教がある。インドの保護により独立をかろうじて維持している。北側の領土を中国に少しずつ奪われ、小さな国がより小さくなっている。小説の中のシャングリラは不老長寿の国だが、ブータンの平均寿命は65歳だ。

 国民の幸福度は調査方法や時期によって変わる。今年の国連の調査で、ブータンの幸福度は97位(韓国は56位)、英国の新経済財団が昨年調査した結果では56位(韓国は80位)だった。重要なのは順位ではない。国内総生産(GDP)の数字ばかり追いかけていた国の哲学と目標に「幸せ」を反映させたからこそ、ブータンは注目されたのだ。大統領がこうした考えを持っているだけでも何かが変わってきそうだ。しかし、朴槿恵(パク・クネ)政権も「国民の幸福時代」を掲げていた。結局、大統領が無事に国政を運営し、国民を統合することほど、今の韓国国民にとって大きな幸せはなさそうだ。

ホーム TOP