不安におびえる若いカップル

 #1 Aさん(女)=22=は「まさか成人向け雑誌で取り扱われるような話を交わすようになるとは思わなかった」と話す。Aさんは昨年からモーテルやペンションなどの宿泊業者で盗撮犯罪が頻繁に発生しているという話を耳にした。それ以降、こうした業者を訪れていない。しかし、青春時代を謳歌(おうか)する若い男女にとって二人きりになれる場所は必要だった。結局このカップルは、廃ビルの階段や倉庫などを訪れるようになったという。Aさんは「私がこんな暗い場所を訪れるようになるとは思いもしなかった」としながら「隠しカメラのない場所を求めてさまよい歩く『遊牧民』と自ら言い聞かせている」という。

 #2 大学生のイさん(24)は、彼女と昨冬大手チムジルバン(韓国式サウナ)や温泉を巡る旅行に出た。旅行には行きたいと思ったが、宿泊先は信じられなかった。あるいは設置されているかもしれない隠しカメラが気になったのだ。そこで、宿泊業者を避け、チムジルバンで寝泊まりすることにした。純粋に空間だけを共有する健全な旅行だ。宿泊業者に足を運ばなくなって約4カ月になるというイさんは「彼女と二人きりで長くいたいのに、そうできないのがつらい」と話した。

 隠しカメラによる犯罪が年々増加していることで、若いカップルの行き場所が減っている。「デート・ノマド(Nomad=遊牧民)」と格好いい名前も付いたりしているが、実は安全なセックス空間を求めてあちこちさまよい歩くカップルといったところだ。盗撮装置が設置されているのではないかといった懸念のため、モーテルやペンションなどの宿泊業者には足を運ばない。特に両親と共に暮らす大学生などは大変だ。これらの学生は「愛し合っていてお互いの同意があればセックスも可能だと思っているが、二人きりの時間を過ごせる場所がない」と訴える。

 警察によると、隠しカメラによる犯罪は2016年に5185件にまで上っている。2011年に1523件だったのと比べると5年でざっと3倍以上にまで増えた。

 今月初めにはモーテルの宿泊客1600人を盗撮し、インターネットにリアルタイムで送信していたグループが逮捕された。同グループは、忠清道や慶尚道にあるモーテルの個室42室に盗撮装置を設置し、4月3日までの約3カ月間にわたって撮影し続けたという。グループの一人が宿泊業者を回って2、3時間だけ部屋を借り、テレビのセットトップボックス(放送信号変換装置)やコンセント、ヘアドライヤーを置く台などに小さな穴を開け、無線IPカメラを設置した。同カメラのレンズは1ミリ足らずで、肉眼では識別できない。警察によると、同グループは違法に撮影した803編の動画をグループが運営するインターネットの有料サイトでリアルタイムに放送し、3カ月で約700万ウォン(約69万円)を稼ぎ出していたという。

 一般の宿所とは違って、自宅などを宿泊施設として提供している「Airbnb」なども油断は禁物だ。Airbnbを通じて紹介された宿泊施設にも隠しカメラが設置されていたという苦情は後を絶たない。昨年3月、タイのバンコクを旅行した30代の男性は、宿泊先で置き時計のように見える隠しカメラを発見した。日本やカナダなどでも同じ問題が起こっている。Airbnbは、こうした苦情が寄せられるたびに該当する宿泊先をホスト名簿から削除しているが、監視カメラなどが設置されている場合、事前に必ずこれを知らせ、関連する法令を守るよう呼び掛ける利用約款以外に、隠しカメラによる盗撮を阻む方法はない。インターネットでAirbnbと検索すると、「Airbnbを通じた隠しカメラのない宿泊先の選び方」といった書き込みがたびたび見受けられる。

 就職活動中のコさん(26)は先月、格安の22万ウォン(約2万1000円)でソウルの新羅ホテルに彼女と1泊した。「モーテルでの隠しカメラ」の恐怖について互いに話し合った後だった。そんな中、「韓国最高のホテルなら、さすがに隠しカメラも設置しにくいのではないか」と冗談交じりに話すようになり、やがて小遣いをためるようになったという。コさんは「何度も安い所に行って不安におびえるよりは、1回だけど安心して行ける所がいい。隠しカメラのおかげでこれまで一度も行ったことがない五つ星ホテルにも行くようになった」と恥ずかしそうに語った。

 ソウル市内の大学に通うチョさん(21)は、盗撮を恐れる友人から使用料を受け取ることで下宿部屋を貸し出している。チョさんは、休みの間は自宅のある慶尚南道昌原市に帰る。この話を聞いた友人が「モーテルのような所は隠しカメラが気になって行くのが怖い。部屋をちょっと貸してくれないか」と1日3万ウォン(約2900円)の使用料を支払う提案をしたという。チョさんはこれを快く引き受けた。使用当日は友人が携帯メールの送信と共に口座に入金する。チョさんは「口コミでうわさが広がり、他の友人からも問い合わせが入るようになった。時間帯別に貸し出す案も検討中」と笑みを浮かべた。

 中には、個人の下宿部屋も信じられないという人もいる。2015年には、ソウル市冠岳区新林洞の女子大学生のワンルームに、大家の息子が隠しカメラを設置。警察に逮捕されている。ソンさん(女)=23=は今年1月、盗撮探知業者に50万ウォン(約4万9000円)を支払って部屋を点検した。幸い隠しカメラは設置されていなかった。「値段が高くて悩んだが、結果的に設置されていないことが分かり、ほっとしている」と胸をなでおろした。

 二人きりの場所を探し求めてさまよう「デート・ノマド」たちは「新たな技術は引き続き開発されるため、手口もますます巧妙になるだろう。いつどこで撮られているか分からないため、デートの場所を決めるのも容易でない」と口にする。建国大学モム文化研究所のユンキム・ジヨン所長は「デート・ノマドの出現は、若者たちの健全な性文化の形成を盗撮犯罪が邪魔しているという証拠」とした上で「ある日突然、自分が狙われるのではないかと恐怖におびえなければならない低信頼社会の断面とも言える」と説明した。

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