最近北京に住む中国人の友人が保有する電気自動車(EV)テスラ「モデル3」に乗ると、以前にはなかった物を発見した。ダッシュボードの上に並んで置かれた小さな五星紅旗(中国国旗)と共産党旗だった。「国への忠誠心がそれほど大きかったっけ」とからかうように尋ねると、友人は「視線を感じて、少し前に置いたんだよ」と答えた。テスラに乗っていることで視線を感じるというのだが、聞かなくても誰の視線を気にしているのか分かったような気がした。

 2週間ほど前、上海モーターショーの取材に出かけた。全世界で新型コロナウイルスが流行する中、唯一予定通りに開かれたモーターショーだ。自動車メーカー、部品メーカー、技術企業など1000社余りが出展した。開幕日の19日は「メディアデー」で、100余りのブランドが記者を相手に新車を発表した。ブランド別に20分の発表会は午前9時から正午の間に集中した。BMW、アウディ、トヨタ、ジャガー・ランドローバーがほぼ同じ時間に発表会を開くなど、多くのイベントの時間帯が重なった。自社のブースになるべく多くの取材陣を呼び込もうと各社の競争も激しかった。

 しかし、メディアやソーシャルメディアで最も注目を集めたのは、メディア向けのイベントを開きもしなかった米EV大手テスラだった。テスラのブースで行われたゲリラデモのせいだ。同日午前11時ごろ、中国人女性がテスラのブースに展示された「モデル3」の上に登り、「ブレーキ故障」「殺人者」などと叫んだ。現場を撮影した映像はソーシャルメディアに一気に拡散した。この女性はモデル3を運転していた父の事故後、テスラのブレーキ誤作動問題を指摘し続けていることが伝えられ、女性に味方する世論が巻き起こった。特にテスラのタオリン副社長が女性を批判し、「テスラは不合理な要求には決して妥協しない」と発言すると、反テスラ感情が高まった。これまでバッテリー火災、急発進など品質問題が多かったにもかかわらず、テスラが無責任な態度を貫き、中国の消費者を無視したとの主張だ。

 中国共産党も直接介入した。共産党中央政法委員会は20日、「テスラは問題の原因を探し、改善しようとする十分な努力を怠った」と批判した。紀律検査委員会も「企業は傲慢になってはならない」とテスラを責め立てた。テスラは同日夜、「車の所有者の問題を適時に解決できなかった」と謝罪したが、批判世論は収まらなかった。共産党の指揮を受けた官営メディアもテスラたたきに加勢した。国営新華社通信は21日夜、「テスラの謝罪は真剣ではない」と副社長の解任まで要求した。このほか、問題の車両の所有者が住む河南省鄭州市の監督当局は国家市場監督管理総局の指示でテスラに事故前30分間の走行記録を所有者に提供するよう命じた。翌日テスラがデータを所有者ではなく、メディアに公開したことから、世論はますます悪化した。

 中国で共産党が特定企業を名指しして公開批判すると、官営メディアが企業を攻撃する報道を浴びせ、国民が不買運動を展開するというのは典型的なパターンだ。実際に「多くの人がテスラの購入を取りやめた」といった報道が相次いだ。

 テスラに対する中国の態度変化は3年前、テスラの初の海外工場を誘致した当時と比べると劇的だ。テスラは2018年、外国の自動車メーカーとしては初めて中国に全額出資の工場を設置する許可を取得した。中国の自動車メーカーと合弁せず、独自の工場建設を認めた破格の対応だった。テスラは税金の減免と低利融資まで受け、上海に工場を設置した。テスラは同工場でモデル3を生産し、昨年中国のEV市場でトップの14万7445台を販売した。中国はテスラの全世界での販売台数の30%を占め、米国に次ぐ主要市場となった。

 一時は中国政府の目にはテスラが大きく映ったようだ。テスラを中国に誘致すれば、中国のEV産業の生態系を育成できるという計算が存在した。実際に上海蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車、理想汽車など中国のEVスタートアップが急成長した。テスラのモデル3の基本価格(26万5740元=約449万円)であれば、もっと性能が良い国産車も多いという自信が生まれた。独フォルクスワーゲンが上海モーターショーで中国専用EVを発表するほど、中国は世界の主要自動車メーカーが重視する市場だ。

 今はテスラの勢いをそぐ時が来たと考えたのだろうか。今回の上海モーターショーでの騒動はライバルNIOの「作品」であり、背後には中国政府という巨大な後ろ盾があるという陰謀論も飛び出した。中国政府は今年2月、バッテリー爆発などに対する消費者の不満を理由にテスラに出頭を求め、中国の法律とルールを守るよう叱責し、3月には中国軍が国家安全保障を理由に軍部隊内でのテスラ車利用を禁止した。警戒とけん制がエスカレートすると、テスラの創業者イーロン・マスク氏は李克強首相が開いた「中国発展フォーラム」で低姿勢を見せた。

 今回のテスラ事件は中国で外国企業の立場がどれだけ不安定なものかを改めて見せつけた。先ごろには強制労働疑惑を理由に中国・新疆ウイグル自治区の綿花の購入を取りやめると表明したスウェーデンのアパレルブランド「H&M」が不買運動の対象になった。外国企業が中国の法律と消費者の権利を守ることが当然であるように、中国で大きな不確実性に巻き込まれるべきではないことも当然だ。

北京=キム・ナムヒ特派員

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