ドイツ帝国主義の犠牲者は欧州にだけいるわけではない。アフリカのナミビアにもいる。 1884年にドイツに占領された同国は、1915年の第一次世界大戦敗戦でドイツが退いた後、南アフリカの植民地になった後、1990年に独立した。長い植民地の歴史の中でも、1904年から08年までは特に試練の時期だった。植民地統治に反発して蜂起した住民がドイツ人に襲撃されたり、砂漠に追いやられたりして、少なくとも7万5000人が死んだ。

 「ホロコーストよりも30年余り前に発生した20世紀の最初の大量虐殺」とも呼ばれるこの事件が終結の局面を迎えている。2016年から続いた両国間の歴史問題に関する交渉の末、ドイツ政府が正式に謝罪した。ドイツは先月28日、外相名義声明で、「このジェノサイド(民族虐殺)に歴史的・道徳的責任があり、ナミビアと被害者の子孫に許しを請う」と述べた。それと共に、今後30年間の合計11億ユーロ(約1460億円)の再建・開発資金支援計画を発表した。

 ドイツは心から反省し、ナミビアの要求をすべて受け入れたのだろうか。そうでないことを示す短い文章が声明にある。「Legal claims for compensation cannot be derived from it(支援金で法的賠償責任を問うことはできない)。「ドイツは法的責任がないと明記し、今後の関連紛争再発の可能性を事前に線引きしたものだ。両国の歴史問題交渉過程に外交の本質が表れている。過去の罪悪を断罪するため、現在の関係を破たんさせるのではなく、互いに必要な実益を取り交わす「ディテール(細部)の戦い」だということだ。

 ナミビアの全員がこの交渉を歓迎しているわけではない。野党は「直接賠償を受け取れなかったのは屈辱的」と批判した。しかし、ナミビアがドイツの戦術に巻き込まれたとは見なし難い。ナミビアが受け取る11億ユーロは、地下資源や観光の依存度が高い同国の年間国内総生産(GDP)の10分の1に匹敵する。この金を権力者同士で分け合うなら、自らを侮辱することになるだろう。しかし、国の発展の元手と考え、旧帝国を上回る足がかりを作れば、かつての加害国に対する真の復讐(ふくしゅう)になるかもしれない。

 ドイツ・ナミビア交渉は韓国が日本と行ってきた歴史問題交渉の姿とも重なる。1965年の韓日修交協定(韓日基本条約)で受け取った援助金(経済協力金)3億ドルや長期低利借款2億ドルなどは、韓国が日本との国力の差を縮め、先進国へと飛躍する足がかりになった。2015年12月の慰安婦合意は首相の正式謝罪と被害者に直接役立つ10億円の拠出金が確保され、99人が受け取った。「不十分だ」「間違っている」という指摘があるのも理解できる。しかし、その交渉が経済発展と両国の関係改善のための努力だったことということも否定してはならない。「歴史問題外交」の目指すところは明瞭(めいりょう)さだ。過去のわだかまりを解く際には、より良い明日を作ることが必要だ。

鄭智燮(チョン・ジソプ)記者

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