▲北朝鮮政府を相手取って5億円の損害賠償請求訴訟を起こした在日朝鮮人帰還事業被害者らと支持者らが14日午前、裁判の概要を知らせる横断幕を持ち、東京地裁正門から入っていく様子。日本メディアはこの日の訴訟に大きな関心を示した。/東京=チェ・ウンギョン特派員

 「きょうの裁判は、日本の法廷史上初めて北朝鮮政府を相手にした歴史的な裁判です」

 14日午前10時、東京都千代田区の東京地裁103号室。この日の裁判は、「歴史的な裁判」であるという福田健治弁護士の弁論で始まった。在日朝鮮人帰還事業(北送事業)で北朝鮮に渡ったが脱北した川崎栄子さん(79)ら、被害者5人が北朝鮮政府を相手取って損害賠償を求める訴えを起こしてから、およそ3年を経て開かれた初の裁判だった。この日、裁判の被告は朝鮮民主主義人民共和国で、被告の代表者は金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長だった。だが裁判長の右側に位置する四つの被告席は空席だった。

 川崎さんらは2018年8月、「北朝鮮政府の『北朝鮮は地上の楽園』という虚偽宣伝にだまされて北朝鮮へ渡ったが、人権を抑圧された」として北朝鮮に総額5億円の賠償を要求する訴えを東京地裁に起こした。1959年から84年まで続いた「在日朝鮮人帰還事業」を、北朝鮮政府の計画的な誘拐犯罪と規定し、責任を問う訴訟だ。在日朝鮮人とその家族およそ9万3340人は、貧困と差別から逃れて北朝鮮移住を選んだが、ほとんどの人は日本へ戻ることができなかった。川崎さんら原告5人は、いずれも1960-70年代に虚偽宣伝を信じて北朝鮮へ渡ったが2000年代に脱北し、日本へ戻った。当時日本政府は、植民地時代に連れてきた在日朝鮮人を韓半島へ送り返すチャンスとみて、これを暗黙の内に支援していた。

 原告の中で一番最初に証言台に立った川崎さんは、はっきりした声でよどみなく自分の北朝鮮生活を回顧した。川崎さんは「北朝鮮は地上の楽園」「北朝鮮ではおなかいっぱい食べて好きな勉強ができる」という朝鮮学校の教師らの言葉を信じ、高校3年生だった1960年に、万景峰号に乗って北朝鮮へ渡った。しかし川崎さんは北朝鮮の地を踏んで間もなく、自分が徹底してだまされていたことを悟った。その後2004年に脱北するまで、貧困と統制にまみれた悲惨な暮らしを送らなければならなかった-と証言した。

 川崎さんは、およそ1時間にわたる証言の間、両手を膝の上に載せたまま背筋を真っすぐ伸ばして座る姿勢をずっと維持した。だが北に残した家族の話をするときには、ついにうつむいて涙を見せた。孫は、日本へ脱出した祖母がいるという事実だけで、軍隊の上官からの金品上納要求に苦しんだ末、殺されたという。このとき、川崎さんは左腕で何度も涙を拭った。新型コロナで国境が閉ざされた後は家族との連絡が途絶え、生死も分からないという。最後に川崎さんは「帰還事業で渡っていったおよそ9万人の大多数は精神的ショック、貧困、政治犯収容所生活などで死亡したが、その子どもや孫、数十万人が生きている」とし「彼らが命を懸けた脱北をするのではなく、正々堂々と日本へ戻ってこられるようにしてほしい」と訴えた。川崎さんは脱北後、日本政府の保護を受け北朝鮮に対して訴訟を起こそうと、日本国籍を取った。

 北朝鮮政府と金正恩委員長を被告にしたこの日の裁判には大きな関心が集まった。午前中から傍聴を希望する市民、記者らおよそ100人が裁判所に集まり、傍聴席の抽選をしなければならなくなった。高齢の原告が何時間も法廷で座っているのは大変だろうと、判事が休憩を提案したこともあった。川崎さんは高齢という点に触れ「残りの生涯で北に残る4人の息子と5人の孫に会えるよう、裁判所が助けてほしい」と訴えた。

 現代国家では通常、他国の政府を相手にした訴訟は成立しない。国際法上、他国政府に法的責任を問えないとする「主権免除」条項が適用されるからだ。しかし日本の裁判所は「北朝鮮は国際的に未承認の国」という原告弁護団の主張を受け入れ、正式な裁判を決定した。

 北朝鮮へ訴状を送る方法がないことから、裁判所の掲示板で訴状受理の事実を知らせる「公示送達」方式を採択した。2015年、北朝鮮に抑留されて死亡した米国人大学生オットー・ワームビアさんの両親が北朝鮮の金正恩国務委員長を相手取って訴えを起こし、勝訴したことも、今回の裁判の開催に影響を与えた。米国に続いて日本でも類似の判決が出る可能性が高く、北朝鮮政権にかなりの圧力として作用する見込みだ。

 被害者・支援者らは、正式な裁判が実現したこと自体に大きな意味を付与した。過去20年間、帰還事業被害者の法的な戦いなどを支援してきた山田文明・元「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」代表は「北朝鮮政府の法的責任を問う裁判が日本で開かれることになっただけでも、感無量」と語った。ヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗・東京ディレクターは「原告らの証言は、北朝鮮の帰還事業が『人権の災厄』である点をあらためて確認させた」とし「岸田文雄首相は北朝鮮政府に対して帰還事業被害者とその家族の日本帰還を要求すべき」と主張した。

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