▲イラスト=UTOIMAGE

 韓国の会社員Kさん(33)は最近、インターネットのブログで「数滴の唾液だけで遺伝子を分析できる」という書き込みを見た。あるネットユーザーが中国に本社を置く遺伝子検査業者A社を利用後に投稿したレビューだった。A社は「直接自分の遺伝子を採取して送ると、遺伝子情報の分析を行う」とうたい、「プレミアム遺伝子検査キット」を宣伝している。85万ウォン(約9万4000円)を払わなければ購入できないが、新規加入者には抽選で無料提供するという。

 方法は簡単だ。消費者が綿棒で口の内側を10回ほどこすった後、溶液の筒に差し込んで振ると、口腔上皮細胞が採取できた。このキットを返送用の袋に入れて中国に送れば、業者が18日後にアプリでがんと病気のリスク、栄養状態など約500項目から成る健康リポートを送ってくれるという。Kさんは「遺伝的に消化器系が良くなくて調べてみようかと思ったが、どんな中国の機関なのか信頼できなくてやめた」と話した。

 韓国では医療機関を直接訪れなくてもインターネットや薬局などで検査キットを購入し、民間業者に遺伝子検査を依頼する「消費者直接取引(DTC、Direct-to-customer)」方式の遺伝子検査の人気が高まっている。検査項目を限定する方式で規制していた韓国政府が2022年から項目を認証制に変えたことから需要が増えた。問題は米中などに本社を置く海外の遺伝子業者だ。韓国の業者は韓国政府の認証を受けなければならないが、外国企業は未認証状態で営業している。これら企業が「無料検査イベント」まで行い、顧客獲得に乗り出し、韓国人の遺伝子情報が無秩序に海外に流出しかねないという懸念が指摘された。

 本紙の取材を総合すると、海外のDTC検査業者約190社のうち、韓国保健福祉部の認証を受けた業者は1社もなかった。保健福祉部は22年、DTC検査関連規制を緩和し、遺伝子業者の検査人材、施設、個人情報保護水準などを評価するDTC認証制を導入した。センシティブな遺伝情報を扱うため、政府がある程度の規制を行うという趣旨だった。しかし、今年3月現在で認証を取得した企業は韓国企業10社だけだった。保健福祉部関係者は「昨年8月に国内で営業する一部海外業者に認証を受けるよう求める公文書を送ったが、返答がなかった。海外の業者なので韓国政府が規制することもできない状況だ」と話した。外国企業が韓国人のセンシティブな遺伝情報をどのように活用、管理しているのか把握する方法がないのだ。

 これら外国企業は、韓国から遺伝情報を国外に持ち出すに当たり、消費者の同意手続きを踏んでいない。本紙が直接A社から遺伝子検査キットの購入を試みると、「サービス約款」「個人情報保護方針」に同意するだけで購入できた。個人の遺伝情報を国外に持ち出すことに関する説明は見当たらなかった。個人情報保護委員会関係者は「遺伝情報を国外に持ち出すには、会員加入の際、『国外移転に関する規定』を別途告知することが原則だ」と述べた。

 専門家らは「法律に抜け穴があるため、韓国も海外の業者が直接韓国人の遺伝情報を収集することを認めない法的規制を検討すべきだ」と指摘した。米国など海外では、安全保障上の観点で自国民の生体情報が他国に漏れないように措置を講じている。生体情報が蓄積されてビッグデータ化されれば、人工知能(AI)で人の行動を予測できるようになるためだ。バイデン米大統領は先月28日、米国人のセンシティブな情報の海外移転を規制する大統領令に署名した。これにより、米国内のデータ仲介業者は自国民の遺伝情報を北朝鮮、中国など「懸念国」に売却することができなくなった。保健福祉部によると、中国も安全保障上の理由などを考慮し、海外に遺伝情報を持ち出す行為を規制しているという。

 嘉泉大学法学部のチェ・ギョンジン教授は「米国のように国家安全保障の観点で特定の懸念国を指定し、情報が漏れないようにする法的根拠を講じることも一つの方法となり得る」と語った。

チョ・ジェヒョン記者、キム・スンヒョン記者

ホーム TOP