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北朝鮮柔道の英雄・李昌寿さん(58)死去=韓国選手に敗れ地下670メートルで炭鉱労働、1991年に脱北
柔道の元北朝鮮代表で韓国代表のコーチも務めた李昌寿(イ・チャンス)氏=58=が死去した。
遺族と大韓柔道協会が公表した。それによると李昌寿氏は20日に心臓疾患で死去したという。1967年に北朝鮮で生まれた李昌寿氏は89年の世界柔道選手権で銅メダルを獲得するなど、北朝鮮代表の主力選手として活躍した。
【写真】脱北後に韓国で記者会見した北朝鮮柔道の英雄・李昌寿さん
一方で1990年の北京アジア大会で韓国選手に敗れたことを理由に強制労働を強いられるなど苦労も多かった。翌年スペインで開催された世界選手権に出場した際にドイツの韓国大使館に駆け込み、韓国に帰順した。当時突然の亡命ということで南北間のスポーツ交流が中断するなど影響も大きかった。
李昌寿氏はある番組に出演した際「アジア大会で韓国の鄭勲(チョン・フン)選手に敗れ銀メダルに終わったとの理由で、なんと地下670メートルの炭鉱で腰を曲げながら朝から晩までずっと石炭を掘らされた」「一つの試合に負けただけで炭鉱に送られたので、大きく裏切られたと感じた。私は国に貢献したスポーツ選手として生活に問題はないが、子供を生もうとは考えられなかった」と自らの心境を明かしたことがある。
李昌寿氏は韓国に来てから1年後に台湾の柔道家で元代表チームコーチの陳鈴真(チン・ヨンジン)さんと結婚し、ホジンさん、ムンジンさん、ウィジンさんの3人の息子を得た。息子たちは皆柔道家で、次男のムンジンさんは韓国代表として2019年のグランド・スラム・アブダビ男子81キロ級で金メダルを獲得した。
李昌寿氏は韓国馬事会コーチをはじめ、台湾代表や韓国代表でコーチやトレーニングコーチなどを務めた。2021年の東京オリンピックを最後に指導者も引退したが、その後もつい先日までユース指導に取り組んでいたという。
殯(ひん)所(出棺まで棺を安置しておく場所)は京畿道軍浦市の円光大学三本病院葬儀場3号室。出棺は23日午前8時、墓は京畿道華城の咸白山追悼公園。
ムン・ジヨン記者