【コラム】元慰安婦たちが夢見る南北統一

 「私の故郷は慶尚北道尚州だ。末っ子だったから、随分かわいがられて育った。家には桃やアンズなどの木がたくさん植えられていた」

 先月31日午前、京畿道広州市退村面にある「ナヌム(分かち合いの意)の家」。旧日本軍の元慰安婦10人がここで共同生活を送っている。その元慰安婦たちが「統一ナヌムファンド」に賛同することを決めたとの知らせを聞き、取材に訪れた記者に対し、姜日出(カン・イルチュル)さんは故郷の話を何度も繰り返した。姜さんの目の前に、70年余り前の故郷の家の庭の光景が広がっているかのようだった。その後に聞かされた、むごたらしい苦痛の日々を全て消し去り、幼い日に戻りたいという、切ない思いが伝わってきた。

 姜さんは現在制作中の映画『帰郷』のモチーフを提供した。それは姜さんが2001年、アートセラピー(絵画療法)を受けた際に描いた『焼かれる乙女たち』というタイトルの絵だった。絵の中には、多くの娘たちを乗せたトラックと、そのそばで燃えている火の中に多くの娘たちがいる光景が描かれていた。

 姜さんは翌日(今月1日)、10日間の日程で米国に向かうと話した。旧日本軍の慰安婦問題の真相について証言するためだった。姜さんは「つらい」と話した。昨年にも姜さんは米国を訪れている。先がそう長くない中、故郷の家の庭の花畑の光景を思い浮かべていたいのに、夢からも消し去りたい記憶をまた語らなければならない。世間の人々が「勇気ある行動」と言って激励する一方で、当人たちが抑えてきた苦痛が感じられる。

 「ナヌムの家」の広場には、幾つかの胸像が立っている。この世を去った元慰安婦をかたどった胸像は一様に背筋をまっすぐ伸ばし、口を堅く閉ざしている。だが、実際の元慰安婦たちは腰が曲がり、杖や車いすがなくては立っているのも困難だ。居間のソファーに座ってテレビを見ても、すぐにまた自分の部屋に戻り、電子機器で足のマッサージをしたり、ボランティアたちが手足をもんだりしたりしなければいけない。ユ・ヒナムさんは「前が見えず、肺がんも患っている」と話した。貧しい学生のために奨学金を出している金君子(キム・グンジャ)さんは体調が悪く、ベッドから起き上がれなかった。今年6月にも、ここで生活していた元慰安婦1人がこの世を去った。現在「ナヌムの家」で生活している元慰安婦はほとんどが80代後半だ。健康状態もその日によって変わる。今も心の傷、精神的苦痛は現在進行形で、慰安婦問題についての問題発言が出るたびに怒りをあらわにするが、今や公の場で日本の蛮行について証言する人も次第に減ってきている。

キム・ハンス宗教専門記者
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