「ドイツの皆さんは日本のサッカーの発展に大きく貢献してくれた。ドイツに学びながら日本の良さを発揮したい」
日本の森保一監督が23日、2022年国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップ(W杯)カタール大会グループリーグ第1戦でドイツに2-1で勝つという波乱を巻き起こした後、残した言葉だ。背景を知らないと、まるでドイツをからかっているようにも聞こえるが、日本が過去十数年間、どのように代表チームを作ってきたのかを知れば、おのずとうなずけるだろう。
■欧州のサッカーを学んでこい
日本には「和魂洋才」という言葉がある。「日本固有の精神(和魂)」と「西洋の技術(洋才)」を結び付けるという意味で、19世紀に近代化が始まった日本が掲げたスローガンだ。約150年過ぎた今も日本を説明するキーワードの一つになっている。
日本サッカー協会は2005年、「Japan’s Way(日本の道)」というプロジェクトを始動させると発表した。目標は2050年までにW杯で優勝することとした。最も神経を使ったのはユース育成だった。始動期(5-8歳)、成長期(9-12歳)、挑戦期(13-17歳)、成熟期(18-21歳)と年齢を細かく分け、体系的なプログラムを導入した。
そのためには、何よりも欧州で先進のサッカーを学ぶことが最も重要だと判断した。同協会はユースクラブを運営する日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」と緊密に協議し、若い有望選手をできるだけ早く欧州に行かせた。2007年にオランダのチームに入った本田圭佑(36)を筆頭に、多くの有望選手が欧州に行った。このように欧州に行って今もプレーしている選手たちが今回のW杯代表最終メンバー26人のうち19人いる。
日本はさらに、近くドイツ・デュッセルドルフに「欧州進出前哨基地」を作るという計画を持っている。韓国の坡州NFC(韓国代表トレーニングセンター)のようにトレーニングから回復まで、すべての施設が完備されている所だ。欧州でプレーする日本の選手たちがここに随時集まり、共にトレーニングをして調整を行うことになる。