【現地ルポ】「死んだ土地」に人が戻ってきた…廃虚と化した福島第一原発周辺の町に工場・研究センター・ワイナリー 3・11から15年 #知り続ける

「3・11」東日本巨大地震 15年
柳井(リュ・ジョン)特派員 福島レポート

 福島が生まれ故郷ではないのにもかかわらず、再建を手伝いたいと移住してきた人も多かった。浪江町で宿泊したホテルで出会った支配人のヨシダノブオさんは「復興に少しでも貢献したくて6年前にこのホテルに就職しました。津波があった後、この海岸から3キロメートル以内には家を建てられなくなりました。自分の家に帰れない方々をお気の毒に思いました」と語った。

 小学校の津波被災現場をそのまま保存している「震災遺構 浪江町立請戸小学校」で働くタケダスミさん(54)も浪江町出身の友人に連れられてここに来た。タケダさんは「美しい自然に魅了されて来ました。今、一つ一つ必要なものを作っているところです」と言った。

■田畑があった場所に工場・研究センター

 東日本巨大地震前、この一帯は農業や観光、原発関連産業が主要な収入源だった。ところが、原発の爆発により全てが「0」になってしまった。それでも2017年以降は避難指示が一部解除され、工場や研究センターが建ち始めている。政府と自治体は海岸地域を「復興再生」の拠点と位置付け、集中的に支援している。

 特許技術撚糸(ねんし)を製造する繊維会社「浅野撚糸」は2023年に双葉町に「フタバスーパーゼロミル」という工場を建設した。福島大学を卒業した2代目の浅野雅己社長(65)が事業拡大の拠点として選んだ。今月5日に訪れたこの場所は単なる工場ではなく、文化複合施設だった。ロビーにはカフェやピアノ演奏スペースもあった。浅野社長は「最初に来た時、ここを復興するのはみんな無理だと言っていました。しかし、広島と長崎に原爆が落ちた時も、みんな『人が住めない場所だ』と言っていました。だから、ここも素晴らしい都市になるでしょう」と語った。

 米で作られた環境に優しいプラスチックのブランド「ライスレジン」の浪江工場には若い社員も多く見られた。ここで働くイルダショウヘイさん(43)は「福島と言えばチェルノブイリのようなイメージがありますが、それを壊したいです。『環境に悪い地域』ではなく、『環境に良いものを作る場所』として世界に知ってほしいです」と語った。浪江町には日本政府が設立した「福島国際研究教育機構(F-REI)」の大規模研究団地も設置される予定だ。

 富岡町の海岸にはワイナリー(ワイン醸造所)が建設されていた。同町出身の遠藤秀文さんが十数人の被災者と共に土地を耕した。ワイナリーマネージャーの細川順一郎(54)さんは「多くの人々から期待の声も非難の声もいただきましたが、科学的検証により非難の声はもうありません。ここを見て、もっと多くの方々に帰ってきてほしいと思います」と語った。

福島=柳井(リュ・ジョン)特派員

【写真】福島を再建するために戻ってきた人々 本紙東京特派員撮影

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  • ▲グラフィック=キム・ヒョングク
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