誰が「5・18精神」を冒涜しているのか?【寄稿】 韓国政府・与党の憲法改正案

5・18を憲法に盛り込むと言いながらなぜ北朝鮮の現実は無視するのか

 韓国政府・与党が「5・18光州民主化運動」(以下5・18)を憲法前文に盛り込む改憲を行うというので、実のところ私はわが民族史や世界史において「5・18」が持つ意義とは何かという議論が整理されるだろうと、内心期待していた。しかし、4月7日に発表された憲法改正案(大統領告示第370号)を読んでみると、期待は失望へと変わった。一体5・18民主化精神が具体的に何を意味し、既存の韓国憲法にどのような付加価値を与えるのか、人類普遍史的観点から「5・18精神」の具現化の方向性は何か、見出すことができなかったからだ。

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 改正案の提案理由を見ると、「5・18」に備わる普遍的価値が認められたとし、その証拠としてなんとユネスコ世界記録遺産への登録事実を挙げている。そして発議内容を見ると、5・18を憲法に反映すべき理由を「現行憲法の前文が4・19革命以降の民主主義の歴史を反映できていないため」と説明している。

 1987年に与野党合意で改正された現行憲法が、なぜ1960年実施の4・19革命以降における民主主義歴史を反映できていないと見なされるのか納得しがたい。しかし現行の改憲案は、憲法前文改正という重大課題の重みに照らし、その内容が不十分である。まるで「5・18の精神が何かはみんな知っているだろう? これ以上説明が必要か」という傲慢な態度がうかがえる。

 憲法は一般の法律よりも抽象度が高く、宣言的性格が強い。同じ憲法の中でも、前文は個別の条項よりもその抽象度はさらに高い。さらに、憲法前文は国内向けではない。世界万邦に対し、世界史的な次元において我々がどのような普遍的価値を志向し、世界史にどのような貢献をしようとしているかを明らかにする役割を果たす。したがって、憲法前文は高度な普遍性の言語で表現される。

 近代憲法の嚆矢である米国憲法の前文を見ると、最初の三語は「我ら人民(We the people)」である。「アメリカ人(Americans)」という限定的な表現は出てこない。米国憲法の普遍性を理解するには、それより13年前に宣言された米国独立宣言を理解しなければならない。独立宣言が「約束」(promise)であるならば、米国憲法はその約束の「実行」(fulfillment)だからである。アメリカ独立宣言は、イギリス国王ジョージ3世による暴政に対抗し、アメリカ人利益を保障してほしいという、偏狭な地域利己主義(parochialism)による要求ではない。一貫してアメリカ独立宣言は、王政に抵抗し共和政を志向する世界中のすべての市民の主権と人権を、普遍的な言葉で解きほぐしている。

 フランス憲法も同様である。現行憲法前文を見ると、1789年にフランス制憲議会が宣言した「人権と市民権の宣言」に込められた人間の権利と国民主権の原則に対し、フランス国民が忠誠(attachement)を捧げると記されている。ここでいう「人間の権利」とは、フランス人の権利ではない。それは大文字の「人間」(l’Homme)、すなわちすべての人間の権利である。フランス革命における、このような普遍的性格こそが、当時全ヨーロッパの王政を恐怖に陥れ、ついには反革命軍を組織して革命鎮圧に乗り出させた動機である。「人権と国民主権」が普遍的に適用されるということは、すなわち絶対王政と封建制の転覆を意味したからである。

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  • ▲光州市北区の国立5・18民主墓地/写真=NEWSIS

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