「自ら望んで北に渡っただって? それは弟を2度殺すのと同じことです」

 西海(黄海)北端に位置する小延坪島の海上で行方不明になり、北朝鮮軍に銃撃され死亡した海洋水産部所属の公務員イさんの実兄イ・レジンさん(55)は、電話での取材の途中、このように訴えた。イ・レジンさんは「弟の無念の死を必ず明らかにしたい」とし「弟を越北者と決め付けて批判する書き込みを見るたびに胸が張り裂けそうだ」と訴えた。イさんの無念さと切実さが受話器の向こうから生々しく伝わってきた。

 韓国国民が大韓民国の領海上で行方不明になり、北朝鮮軍の銃撃で死亡してから約50日がたった。これまで殺害された被害者には「越北者」という別名が付けられてきた。韓国政府は、被害者が賭博の借金など経済的困窮を理由に北朝鮮に渡ったものと推定した。

 しかし、最近韓国政府の発表の中で信ぴょう性を揺るがす内容が明らかになった。被害者が行方不明になった事故船舶「ムグンファ10号」の航海日誌に記録された風向きは「北風」と「西風」だったが、海洋警察が延坪島を訪れた野党議員に事件について説明する際には「南東風」と発表している。

 海洋警察は、被害者失踪推定時刻(9月21日1時35分-11時30分)から1時間以上も経過した時刻(9月21日の13時)に事故海域付近を警備中だった海洋警察警備艇によって測定された海図情報を事件のブリーフィングに使用したという。

 取材しながら、事故船舶の航海日誌や電子海図システム(ECDIS)を参照していれば、正確な海図情報を使用できたはずだが、なぜそうしなかったのか非常に気に掛かった。海洋警察の関係者は「今考えてみると、そうした部分が惜しまれる」と語っている。

 国防部は1カ月前に遺族から情報を公開するよう要請されたが、11月3日に「国家安全保障」などを理由に公開は不可能との立場を明らかにしている。被害者の遺族が申請した資料は、韓国軍が確保した事故当時の北朝鮮軍の会話傍受ファイルと遺体毀損(きそん)を撮影した映像ファイルだった。

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 遺族らは「海洋警察は航海日誌さえもきちんと調査していないばかりか、基礎資料の分析もめちゃくちゃだった」とし「海洋警察が行方不明当時の状況を説明するたびに説明が食い違っており、資料も公開してくれない中、どうやって信じろというのか」と強く抗議した。遺族のこうした要請にもかかわらず、これまで海警は調査過程で確認した多くの資料を公開していないという。

 最近あるケーブル放送チャンネルで放送中のドラマ『サーチ』を見ると、1997年に非武装地帯(DMZ)で同僚により殺害され、越北者というぬれぎぬを着せられた軍人の話が出てくる。同僚を殺害した加害者は自分の過ちを隠すために、故人をあたかも越北したかのように装った。その後、加害者はDMZの英雄となり、有力な大統領候補にもなる。しかし、23年後、当時の犯行映像を撮影したビデオカメラが越北者のぬれぎぬを着せられて死亡した軍人の息子の手に渡り、劇的なクライマックスを迎える。

 被害者の遺族も、延坪島公務員銃撃事件の真実を撮影したビデオカメラが世界のどこかに必ず存在するはずだという信念を抱いている。現在、遺族が期待している「真実のビデオカメラ」は、事故船舶のムグンファ10号に取り付けられたECDISだ。ECDISとは「船舶ナビゲーション」と呼ばれる装置で、リアルタイムに風向、風速、水深、座標、速力、潮の向き、潮流速度など海図情報を測定した情報が盛り込まれている。

 11月10日、海洋水産部は被害者の遺族が申請したムグンファ10号のECDISデータに関する情報公開請求に答えなければならない。今回、同事件を究明する真実のビデオカメラが公開される道が開かれることを期待する。

シム・ミングァン記者

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