毛沢東は書道家としても有名だった。文字を少し傾けて、左から右へ上がり気味にする彼の書体を「毛体」というが、最高権力者に一筆書いてもらおうと、中国全土から人々が集まった。各大学は、校名を書いてもらって正門に掲げた。拒否されたら、毛沢東の文字を集めてでも名板に記した。清華大学、武漢大学など、およそ100校に上る。文化大革命の災厄の後、しばらく関心を向けられてこなかったが、毛沢東のような絶対権力者になりたい習近平主席がこれを模倣し、再び人気を集めている。中国のポータルサイトには、どんな文字でも毛体に変えてくれるプログラムまで登場した。

 書体が権力になる国はほかにもある。北朝鮮だ。金氏王朝の太陽書体(金日成〈キム・イルソン〉)、白頭山書体(金正日〈キム・ジョンイル〉)、ヘバル書体(ヘバルとは日光のこと。金正日〈キム・ジョンイル〉の母親・金正淑〈キム・ジョンスク〉)を「白頭山3大将軍名筆体」という。2018年に青瓦台を訪れた金与正(キム・ヨジョン)が芳名録に残した文字は、最初の子音を非正常なほど大きく書き、文字の横線を右上45度方向に傾けていた。筆跡鑑定家らは「他人の上に君臨する人物の内面を表している書体」と分析した。

 韓国で権力になった書体は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が好むという申栄福体だろう。趙廷来(チョ・ジョンレ)の長編『漢江』の表紙、孫恵園(ソン・ヘウォン)元議員がデザインした焼酎「初めてのように」、文大統領の大統領選スローガン「人が先だ」、文大統領が青瓦台の秘書官に見せた「春風秋霜」の額…。これらの文字は全て、申栄福・元聖公会大学教授の書体だ。

 ところで驚くべきことに、国家情報院(国情院。韓国の情報機関)が6月、創設60周年に合わせて新たに公開した院訓「国家と国民のための限りない忠誠と献身」も申栄福だという。申栄福は統一革命党事件で1968年に無期懲役を言い渡され、20年の服役後に出所した人物だ。スパイの疑いがかけられていた。こんな人物の書体を、スパイを捕まえる国情院の院訓に使ったのだから、これも「南北イベント」になるのか。そもそも国情院の看板を下ろすという話はどうなったのか。そして今度は警察が「最も安全な首都治安、尊敬され愛されるソウル警察」の文字を申栄福体で書いたという事実も判明した。警察は国情院からスパイ捜査権を移管された。世間にあまたある書体を放っておいて、わざわざスパイの前歴がある人物の書体を、ほかならぬ国情院と警察が自らの象徴にするのか。

 統一革命党は、民主化とは無関係に、北朝鮮のために暗躍してきた集団だ。文大統領は統一革命党関係者と親しかったり、ことのほか気遣ったりしていた。すると国情院と警察まで申栄福体を使った。ここに韓国国民の税金が使われたのだろう。不条理劇とは、自己矛盾的な属性と、それによるアイデンティティーの混乱を皮肉った演劇ジャンルだ。舞台上で繰り広げられることなのに、韓国政府では現実になった。

金泰勲(キム・テフン)論説委員

ホーム TOP