2021年、国家情報院(韓国の情報機関。国情院)の中国支部が「中国海関(税関)で特異な動きがある。韓国に輸出する尿素水(ディーゼル車の排ガスを分解浄化する液体)を1件1件通関検査している」という情報報告を行った。「尿素水大乱」が起こる2カ月前くらいのことだ。当時、海外情報パート(部門)は「おかしなこと」だと首をかしげはした。しかし、韓国国内に入ってくる尿素水の97.6%が中国産で、輸出規制が大混乱につながるという事実は予測できなかった。国情院の元幹部は「かつては海外パートが韓国関連情報を持ってきたら、国内パートがどういう波及が生じるか分析するという構造だった」とし「ところが文在寅(ムン・ジェイン)政権が2020年12月に法律を変えて国情院の国内情報機能を無くしたことで、情報を総合して判断する機能はガクンと落ちた」と語った。その後、中国が尿素品目の輸出検査を強化すると、1万ウォン(現在のレートで約1098円)だった尿素水が10倍に跳ね上がり、あちこちのガソリンスタンドに「品切れ」と張り出された。

 コロナワクチンがなくて慌てふためいていた2021年初め、国情院本部がロシア支部を「なぜロシア・ワクチンの確保についての情報がないのか」と叱責(しっせき)したという。その直前、韓国政府は文在寅大統領とモデルナ社のCEO(最高経営責任者)がテレビ電話で27分間会談し、2000万人分のワクチンを確保したとして「劇的妥結」をテレビでPRしていた。ところが同年4月、中央事故収拾本部は、効能が明らかでないロシア・ワクチンの導入を検討するとした。ロシア支部側は「大統領が自らワクチン確保を発表したのに、実際の導入にはパンクが発生したとは想像もできなかった」という反応を示したという。国内情報パートが無くなり、韓国国内の事情をきちんと教えてくれるところもなかった。国情院本部では「疾病庁(疾病管理庁)や福祉部(保健福祉部。省に相当)に電話を1本かけるだけでも分かることではないか」と言ったが、ロシア支部側は「そんな電話をかけたらすぐに国内情報収集に該当して処罰されることになるのに、誰がやるのか」と言い返したという。

 国情院が国内情報機能を失ったのは自業自得という側面が強い。代々の政権で「政治介入」論争が起きた。政府部処(省庁に相当)の情報を集めるといって公務員の弱みを探し、経済情報をやるといって各企業に圧力を加えることもあった。今の国情院は、北朝鮮やテロ・サイバー・国際犯罪など海外情報だけを扱うことができる。国家情報院ならぬ海外情報院というわけだ。英国はMI5(SS。国内)とMI6(SIS。海外)に情報機関を分離している。米国は、海外情報はCIA、国内はFBIが主導するが、DNI(国家情報長官)が16の情報機関を総括する構造だ。主要国の中で、情報機関の国内情報機能を無くしたのは韓国が唯一。今、韓国の国内情報の大部分は警察が担当しているが、「犯罪情報」であるケースが多い。国内外の情報を総合して分析し、尿素水やワクチン騒動のような事態を未然に防ぐ「予防情報」活動は、今では誰がやっているのか。

 「対共捜査権」は、尻に火が付いた状態だ。来年1月1日から、国情院はスパイを捕まえることができない。「今でもスパイがいるのか」と思うが、実はいる。最近、北朝鮮とつながっている疑いが明らかになった民労総(全国民主労働組合総連盟)出身者の国家保安法違反事件などは、2016年から国情院が追跡してきた。海外支部の情報と国内の対共捜査局の経験が結び付いていたから可能だった。韓国警察が国情院のようにスパイを捕まえることができるだろうか。

 最近、国情院は内部人事の問題で苦しんでいる。誰が1級公務員に任命されるかより、前政権で「北朝鮮交渉局」と化したような情報機関の機能と役割を復元することの方が重要だ。国情院法上、政治に関与した人物は7年以下の懲役となる。未遂犯まで処罰される。上官の指示だからと政治情報収集をしたら監獄送りになることを、国情院の職員はよく知っている。国情院に頼れないなら、主要国のように国内外の情報を分離して、これを総合して判断する組織をつくることも検討すべきだ。今、韓国の情報機関は半分が欠けてしまった存在だ。

アン・ヨンヒョン社会政策部長

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